マイスター公認高級時計師(CMW)がいる高度な技術のお店
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国際時計通信『水晶腕時計の興亡』
時計の小話
続・時計の小話
121話〜140話

●続・時計の小話 第121話 遠藤氏からの最近のアメリカ時計修理事情●

11月11日に1971年CMW同期合格の遠藤勉さんから、久しぶりに電話がかかってきて、色んな興味あるお話をして頂き、小生の方からも日本の時計業界の現況をお話しました。彼の話によると、アメリカで現在、時計修理業として飯を食っている人は4000人に満たないのではないか、と言っておられました。(2〜30年前では3万〜4万人ぐらいの時計職人がいたそうです。)

世界最大の時計輸入国で消費国であるアメリカでも時計職人があきらかに不足し
ているものとして思われ、日本でも同様の厳しい状態におかれていると思います。アメリカの在住している時計職人の人は、ドイツ、フランス、ロシアからの移住した時計職人が多いそうで、自国民アメリカ人の時計職人は、だんだん少なくなっているそうです。

遠藤さんは約10年前に体調を壊され、今では仕事をリタイアされ、悠々自適の羨ましい生活をされています。時間が自由に使える身分になられたので、趣味として大好きな時計の製作の事に現在没頭されています。

彼の話によりますと、最近、1号機と言える手のひらサイズの長方形の置時計を完全自作されたそうです。その自作された時計を作るのに延べ1500時間もの多くの時間を割かれて素晴らしい時計を製作されました。充分な工作機械の無い状況下で置時計を作られた事は苦心のあとが窺い知れます。

神経の張る細かい作業の連続でしょうから、1日5時間の作業が目一杯であろうと思われ、休み無しでも300日間というとてつもない長い時間をかけて一個の命ある置時計を作られた事に驚嘆をせざるをえません。

遠藤さんによると設計に500時間、工具作り(歯切りカッター等)に500時間かかり、各パーツを全て作るのに500時間かかったそうです。特に作業が難しかったのは、アンクルのハコ先造りと自作のヒゲ玉にヒゲゼンマイを取り付ける作業が難しかった、と言っておられました。ガンギ車を作るのは意外と易しかったので、自分自身も驚いた、と言っておられました。香箱車を作るのに、太い真鍮棒を入手するのに大変苦労したと、言っておられました。

一番車、二番、三番、四番車、ガンギ車、アンクル、テンプと、輪列脱進機が一直線になっている仕組みで、時針・分針が分かれているレギュレーター表示になっているなかなか面白いできばえの置時計に仕上がっていました。(後日、弊店HPでも紹介したいと思っております)

さすが1971年のCMWをトップ合格をし、井上賞を受賞されただけの才能を持った人である、と感心した次第です。全くの私見になりますが、将来的にはアメリカ在住とはいえ、再興した日本時計師会の幹部になって頂きたい一人だと痛感した次第です。

※余談
2年前に東京銀座の和光を訪れた時に、ショーウィンドーの中に菊野昌宏氏の腕
時計が販売されていました。価格を見ると数百万円した記憶があります。トゥールビヨンを作った浅岡肇氏や、独立時計師アカデミーの正会員の菊野昌宏氏は自分の時計工房におそらくミリングマシーン、精密小型時計旋盤、ダイアルスタンパー、ベンチレース、マイフォード旋盤、CAD、CNC等の高額工作機械を揃えておられるでしょうから、一個の腕時計を作るのにそう多くの日数はかかっていないと思いますが、それでも個人が全てのパーツを自作して、一個の腕時計を完成させるには熱い情熱と持続出来る精神力・創造力、確かな技術がなければとうていおぼつかないものと思います。よって価格が相当高くなるのはやむをえないのではないか、と思います。

●続・時計の小話 第122話 35年ぶりの新・CMW合格者●

1980年を最後に、長い間途絶えていたCMW(公認高級時計師)試験が2014年に35年ぶりに再開され4人の受験生が最難関の時計技術試験を受験され一人の合格者が誕生致しました。大変おめでたいことです。

28歳の染矢泰輔君が見事に合格されました。彼は滋賀県大津市の近江時計眼鏡宝飾専門学校の講師を勤めておられ、昨年亡くなられた東條勝利先生の後、近江時計学校で教鞭をふるっておられます。彼とは試験会場で2回お目にかかりましたが若いにもかかわらず落ち着いた青年で、将来立派な教育者として大成される風貌をお持ちです。

近江時計学校は、行方二郎先生、東條勝利先生の跡を引き続いてCMW取得者が教壇に立たれるという、他の学校を圧する教育レベルの高さを証明した事になります。

今後の日本における時計修理業界は若い染矢君を中心として、発展する事を期待しています。染矢君がこの業界の求心力になって、将来、日本時計修理業界を引っ張っていってもらいたいと思います。

日本の時計修理業界の将来の屋台骨を背負う位の熱い気概を持って、彼には後進の指導をしてもらえたならばと思っています。60歳、70歳の老兵のCMWは気力、体力とも衰えていくばかりで、消え去るのみです。彼の様な若い人に日本時計師会を今後、担って頂きたいと希望しています。

染矢君のCMW試験結果内容は、学科試験、旋盤による天真別作、巻真別作も90点以上の高得点であり、二次試験においてもテンワがメッキしてあるという少し意地悪な試験課題も見事にクリアされ、栄えある5日間のCMW認定試験を突破されました。今後日本時計師会に加入され、CMW試験が継続的に行われるよう、彼の尽力に期待しておるところです。合格認証式は、3/14(土)に挙行される予定になっています。暗いニュースが多い中、嬉しいニュースです。

●続・時計の小話 第123話 リシャールミル●

先月、CSのゴルフ番組でプロゴルファーの小田孔明氏、宮里優作氏、池田勇太氏が宮崎県のフェニックス・カントリークラブでそれぞれの色んなワザを競う面白
い番組がありました。

なにげなくプロゴルファー宮里優作氏の右手首を見ましたら、ケース、バンドがオールホワイトのトノー型の腕時計をつけてプレイをしていました。まさか、アメリカPGAのスター選手で世界有数の飛ばし屋のバッバ・ワトソンが愛用しているリシャールミル腕時計ではないか?と思いました。

宮里優作選手は一昨年のメジャー大会、日本シリーズに悲願の初優勝をし、昨年開幕戦にも勝利を上げ、賞金額を相当稼いでいる日本を代表するスタープレイヤーにのし上がった人なので、高額なリシャールミルも購入出来ても当然であろうと、思いました。

その時、池田勇太氏の腕には、少ししか垣間見る事しか出来なかったのですが、
ロレックスのSSのデイトナ・クロノグラフをつけている様に見られました。(人気プレイヤー、石川遼選手はカシオの白づくめのG-SHOCK腕時計をつけて毎試合PGAの試合に出ている事は皆さんご存知だと思います。)

それからしばらくして、週刊誌にリシャールミル・ジャパンが宮里優作氏をリシャールミル・アンバサダーとして迎えた事を4月に都内のホテルで記者発表会を開いたとのニュースが掲載されていました。宮里優作選手が腕にはめていた時計はやはりリシャールミルのRM055(定価1296万円)であることが書かれていました。

北陸の地方で開業している弊店は、現物のリシャールミルを見る機会はこれまで
ありませんでしたが、宮里優作選手が贈呈されたリシャールミルはチタン製手巻
きムーブメントのスケルトンで、500Gに耐える構造になっているそうです。ベゼルは酸化アルミニウム・パウダー・チューブで作られ、1400ビッカース硬度で、非常にキズがつきにくい仕上げになっているそうです。ゴルフのプレイ中に機械式腕時計をはめる事はあまりお勧め出来ません。弊店のお客様もうっかりゴルフプレイ中にスイスR社の時計を腕にはめててアイアン・ダウンブローのスイング中にテンプのテンションバネが外れて穴石が飛んでしまって止まる、という事が何度かありました。

リシャールミルは、衝撃性に優れた特性を持っている時計なのでゴルフプレイ中
もなんら影響を受けない腕時計である、と認識した次第です。

話は変わりますが、太平洋戦争終了後、アメリカ軍最高司令官として日本に駐在
した、ダグラス・マッカーサーが愛用していたジャガールクルト・エベルソ(1935年製造)腕時計が、スイスの競売会社アルティ・コルム・オークションで87,500スイスフラン(約1120万円)で落札されたそうです。それにして有名人の愛用した時計は
プレミアムがつくのですね。

●続・時計の小話 第124話  ジョン・ハリソン●

先日、BSで映画『経度への挑戦』という洋画が放映されていました。

この映画の主人公はジョン・ハリソンという時計史に残る有名な人物です。(1722年にはグラスホッパー脱進機は発明しています。この脱進機は長い間クロッ
クの脱進機として採用され続けた有名な方式です)

本職は大工なのですが、独学で時計学・物理学・機械学を学び、繰り返して精度
の良い海上時計(クロノメーター)を作り続けた人物です。その動機は当時の大英
帝国が正確な海上時計を作り上げた時計師に大枚な賞金(当時のお金で500ポンド)を授与したからです。

ジョン・ハリソンは協力してくれた息子と共に船舶時計としては、想像を絶する高精度の時計を作り上げる事に成功しました。現代のクォーツに匹敵するような高精度の機械時計を作りました。月差数秒の誤差という、とてつもない高精度を持っていました。

彼が作ったH4タイプは1761年に61日間で45秒の遅れ、1764年に156日間で54秒の進みでした。

H5タイプは1764年5ヶ月間の航海でたった15秒の誤差という途轍もない超高精度
の海上時計を作り上げたのです。波の大きな揺れを諸にかぶる当時の小型帆船の悪環境下の中でのこの精度にジョン・ハリソンは天才時計師だと評価しても誰も異を唱える人はいないでしょう。

大英帝国が何故に高精度の海上時計を作った時計師に高額な報奨金制度を作った理由は、正確な海上時計により、船舶の正確な位置が把握出来たからです。

正確な海上時計が無い為に船舶が難破したり、とんでもない場所に航海して行き
先を誤ったりしていたからです。正確な海上時計(クロノメーター)を手にした大英帝国は、海上国家としておおいに繁栄し、世界中に植民地を手にしてライバル国である、スペイン、ポルトガル、フランス等を凌駕して、繁栄の道を築き上げたのです。

大英帝国の繁栄の礎を築いたのは、他ならぬ時計師が大いに貢献したからに他ありません。戦後、敗戦から目覚しい発展を遂げた日本も同じ様な事が言えます。46cm砲を搭載した巨艦戦艦『大和』『武蔵』を設計製造した技術者がその後の日本の各工業生産の復興の中枢になって働いて、日本の発展に大いなる影響力を持ったのは現代よく知られている事実です。戦艦大和は現代の造船技術を以ってしても容易に作り上げる事が出来ない最高峰の船舶・戦艦だったのです。

●続・時計の小話 125話  『現代の名工』に平賀氏に●

卓越した技能・技術者に表彰される『現代の名工』に今年も各業界から150名の方々が顕彰されました。時計業界からは、セイコー・インスツル(SII)に籍を置く高級機械式腕時計の組み立て・調整をしておられる、平賀聡氏・40歳が選定されました。

彼は若干25歳で、1995年度の時計技能競技全国大会で素晴らしい成績を収めて優勝されている輝かしい経歴の持ち主です。

彼は現在、セイコーの旗艦モデルであるグランドセイコー・メカ式腕時計を担当
されています。主にGS・ハイビート36000や、GMTなどのGS高級機種の組み立て調整等をしておられます。また、後進の若手の技術者の養成にも関わり、時計技術全国大会で優秀な賞を授与される若手時計技術者を育て上げる実績も持っておられます。

セイコー・インスツルの岩手県・盛岡工業にある、高級メカ工房の大平晃氏の後
継者として、将来を嘱望されている人です。大平氏は現在、世界にあるセイコー
サービスセンターを訪問し、技術指導をしておられて大変忙しい職務についてお
られるそうです。

平賀聡氏は、昨年3月にスイス・バーゼルフェアで実技実演を披露され、その優
れた技能は世界中の業界人から注目を浴びました。

第28回時計技能競技全国大会が滋賀県の近江時計学校・近江勧学館10/22-24で開催されました。競技試験は、第一部門(メカ式時計・クォーツ時計)と第二部門(クォーツ時計)に分かれて試験が行なわれました。

第一部門の優勝者はセイコーエプソンの相馬弘希君で、第二部門の優勝も
セイコーエプソンで平谷朱菜さんでした。各部門トップ3の6名の内訳は、セイコーグループの若手技術者が4名、シチズン時計から1名、近江時計学校の生徒・熊淵太一君も栄えある賞を受けられました。この時計技術試験は毎年、時計メーカーの若手技術者が成績上位を独占しています。

受験資格が原則23才以下に指定されている、第53回技能五輪全国大会・時計修理部門が12月5〜6日に、千葉・仕事プラザで開催されます。毎年日本の若手技術者が世界の栄えある舞台で大活躍をしてきた実績があり、非常に楽しみな事です。

●続・時計の小話  126話 セイコーからの新作トゥールビヨンモデル●

満を持してと言うか、遅きに失したというべきか、セイコーから初めて複雑時計
の代名詞と言える、トゥールビヨンモデル『FUGAKU』が来る5/13に、セイコーブ
ティックショップで発売されます。

販売価格は税込み¥54,000,000で世界限定8本のみだそうです。ムーブメントは、セイコーの極薄レベルの68系キャリバーをベースとして、Cal,6830を開発しました。厚さは4mmの手巻腕時計で、一部両面スケルトン仕様になっています。このセイコー初のトゥールビヨンは、セイコーが抱える現代の名工の技術を集積して完成された極めて芸術性の高い時計として、工芸時計として仕上がっていす。

機械時計精密組立技術の平賀聡氏、彫金装飾技術の照井清氏、卓越な漆技法を保持している田村一舟氏の3人の『現代の名工』技術を結集して、世に送り出される時計です。

『FUGAKU』をデザインしたのは、デザイナー部門で初の現代の名工として選ばれ
た著名な小杉修弘氏が担当されました。浮世絵で世界的に有名な葛飾北斎の『富嶽三十六景』をアレンジして作られたものです。

『FUGAKU』の最大の見所である波の部分には、18金イエローゴールドと18金ホワイトゴールドを用いて、非常に繊細な仕上げになっています。この時計の彫金を完成させるまでには、連続延べ200時間の作業時間が必要であったそうです。

発売されたら、東京のセイコーブティックで一見する価値のある時計と言えるで
しょう。今年の『時の記念日』の6/10には、メカ式彫金スケルトン手巻き腕時計、
税込み\5,184,000、世界限定30本で全国のセイコー・クレドール取り扱い店で発
売されます。

果たしてこの二つのセイコーメカ式高級腕時計を購入するのは日本人が何人いるのか、興味津々です。もしかして中国の富裕層の方々が銀聯カードを使用して買うのでしょうか?セイコー社には販売終了後、ユーザーの方の国別データーを教えて欲しいものです。

●続・時計の小話  127話 カシオG-SHOCKについて●

デジタル腕時計といえば、すぐに頭に浮かぶのはカシオ・G-SHOCKだと思います。カシオ・G-SHOCKは日本のみならず、世界中の若人を魅了したデジタル腕時計だと思います。小生の年代の者はカシオといえば、すぐに思い起こすのはG-SHOCKではなく、カシオデジタル計算機です。

実際カシオはカシオ計算機という名称が正式な会社名です。カシオ計算機は1957年に設立され、丁度来年60周年を迎えるまだ若い会社だと思います。カシオ計算機は樫尾四兄弟(長男忠雄氏、次男俊雄氏、三男和男氏、四男幸男氏)で設立された会社です。頭脳明晰な四人の兄弟が力を合わせ、60年足らずで年間3500億円を売り上げる名実共に日本を代表する会社に成長しました。


(会社経営に専念した忠雄氏、新製品開発に能力を開花させた次男俊雄氏、生産管理担当の三男和男氏、技術畑の四男幸男氏がそれぞれの得意分野で活躍されたお蔭で今日のカシオ計算機という会社が大きく成長して成り立ってきた経緯があります)

その売り上げの中でもG-SHOCK(1984年発売のG-SHOCKが第1号です)の売り上げを占める金額が800億円前後に達しており、G-SHOCKがカシオ計算機を牽引する大きなヒット商品になっています。

カシオ計算機のデジタル腕時計の最初は1974年に発売された、カシオトロンとい
う歴史に残る時計で、カシオファンにとっては現在でも中古でも高値で取引され
ているそうです。

小生が店を開店した1980年にはカシオというブランドの新興時計メーカーはまだ
多くのユーザーに認知されていないためにカシオデジタル時計を販売するには努
力が必要だった記憶がありますが、今では世界中の時計ファンに認知され大好評を博しているのは皆さんご存知だと思います。

現在のカシオ計算機の会長は三男の和男氏が就任し、社長には和男氏の長男の和宏氏が就任し会社を引っ張っておられます。日本を代表する歴史のあるセイコーウォッチ、シチズン時計もカシオ・G-SHOCKはなかなか手ごわい、傍観出来ない存在になっているのではないでしょうか

●続・時計の小話  128話 セイコーの高度時計技術・公開実演会●

セイコーの『現代の名工』を顕彰された4名の技術者が東京・銀座セイコー本店
でセイコー高級腕時計の組み立て・実技の公開実演されます。

セイコープレミアムブティック開店1周年記念行事として行われるそうです。時計技術に関心のある読者の方々は高度時計技術を拝見する絶好のチャンスと思います。初回は7月9日に既に行なわれました。中澤義房氏がクレドール・叡知2のスプリングドライブの組み立て作業工程を説明されました。多くの方が来場され感銘されたそうです。

7月23日は小松育清氏によるグランドセイコースプリングドライブの文字板に針
取り付け等の作業実演を披露されるそうです。8月6日には照井清氏のよるセイコークレドール・トゥールビヨンFUGAKU(価格は税込5,400万円です)を手がけた彫金技術を公開されるそうです。(FUGAKUを見ましたがベゼルにサファイアの取巻があり文字板・針等も紫色の美しい仕上げになっていて波は金色加工しています。ムーブメント裏側は白を基調にして金の波を施しています。角穴車は紫色のギアをアレンジしたデザインになっています)

リオ・オリンピック陸上競技 男子100m代表に決定いたしました山縣亮太選手は
セイコーがサポートしていますが100m競技で10秒を切れば褒美としてFUGAKUが授与されるそうです。凄いですね)

8月19日には平賀稔氏が機械式グランドセイコーの組み立て調整の実演をされる
そうです。どれも貴重か機会ですのでお時間をお作りになり足を運ばれることを
お勧めします。

●続・時計の小話  129話 シチズン時計の荒井寛子氏●

平成28年度の現代の名工(卓越した技能者)にシチズン腕時計の製造子会社である、シチズン時計マニュファクチャリング株の長野県飯田工場に勤務しておられる荒井寛子氏が厚生労働大臣から受賞されました。11月21日に、その名誉を称え明治記念会館で表彰式が挙行されました。

荒井氏はシチズン時計のフラグシップウォッチといえる『ザ・シチズン』腕時計
の組み立て精度調整を担当され、メカ式腕時計としてクロノメーター基準に匹敵
する日差5秒以内に歩度調整する優れた技能を有しておられます。

また、社内では技術者育成の為、後進指導を熱心にされており、社内から多くの
『信州 匠の工房・時計修理士』合格者を多く輩出される努力をされています。その仕事ぶりが高く評価され今回の受賞に結びついたと思われます。

高級メカ式腕時計の国産時計メーカーの分野ではセイコーのグランドセイコーが
歴史的背景から一歩前に進んでいる状態ですが、今後シチズンが製造する高級腕時計『ザ・シチズン』が躍進するのではないか、と期待されます。

それを裏付けるかのようにシチズン時計株は長野県に大規模な時計製造工場
『ミヨタ佐久工場』を今年、12月2日に竣工しました。売上高全体では既にセイコーを凌駕しているシチズンですが、メカ式高級腕時計の分野でも、GSを今後追いつけ追い越しの気迫で進んでいくものと思われ、期待されます。

●続・時計の小話  130話 2017年国際高級時計展●

2017年の国際高級時計展『SIHH』が1月16日から1月20日までの五日間、スイスのジュネーヴで開催されました。スイス・ドイツの高級機械式腕時計メーカー30社
が今年の新作を一堂に集めて展示されました。

今年の傾向は文字板に濃紺の色を採用するメーカーが多かった事です。そして復古調のケースの外径をこぶりにした腕時計が目立っていました。毎度の事ながら、ムーンフェイズ機能を搭載した薄型オートマチック腕時計が多かったようです。

目を引いたのは、モンブランの新作クロノグラフです。モンブラン社は2007年に
マニュファクチュールメーカー・ミネルバ社を買収し、かつてのミネルバ社が作
り続けてきたブロンズカラー、及びミレルバーアローと呼称される個性的な針を採用したアンティーク調の腕時計に仕上げていました。注目を集めていたようです。

モンブラン社に買収されたミネルバの工房には、1941年製造の精密工作機械が今も現役で働いているそうです。古き良き時代の工作機械を破棄せずに現代まで使用しつづけてきたミネルバ社の時計職人に尊敬の念を抱かざるをえません。

先日BSを見ていましたら、『ウオッチバレー 独創の技をつかめ』という番組が
再放映されていました。天才的ロボットクリエイターの高橋智隆氏がスイス各時
計会社を訪問し、自分がロボット製作で苦労をしている箇所のヒントをスイスの
時計技術者からアドバイスを貰う為に訪問する内容の番組でした。

特に面白く興味関心が起きたところは、彼が天才時計師ダニエル・ロート氏の工
房を訪ねて、いろんな話をしているシーンでした。ダニエル・ロート氏が高橋氏に「パーツ造りは時間がかかるし、辛い作業が続く」と本音を言っておられたのが興味深いセリフでした。

ジャガールクルト社も高橋氏が訪問され、複雑時計専門部門のクリスチャン・ロー
レン氏、フィリップ・ヴュレン氏と話をし、ジャイロ・トゥールビヨンの組み立て様子を興味深く見ておられる姿が印象的でした。ジャイロ・トゥールビヨンの心臓部は
約100個のパーツで出来ていてその総重量は僅か0,2gだそうです。またオートマター製作の世界的有名人フランソワジュノー氏の工房を訪ねて色んな機械仕掛けの仕組みから氏は多大なヒントを日本へ持ち帰ったに違い無いと思います。非常に見応えのある番組でした。

●続・時計の小話  131話 フレデリック・コンスタント社の動向●

シチズン時計の高級ブランド『カンパノラ』には、スイス・ラ・ショー・ド・フォンにあるムーブメント専用メーカー、ラ・ジュー・ペレ社のムーブメントが搭載されている時計が販売されています。

その時計は、カンパノラ・琉雅という時計で文字板には会津漆の伝統工芸師、儀
同哲夫氏が見事な職人魂を発揮した美しい文字板の腕時計に仕上げています。
搭載されている機械は、2012年にシチズンが子会社として買収したラ・ジュー・ペレ社のメカ式ムーブメントが入っています。販売価格は税別80万円に抑えられていて、美的感覚の秀でた時計マニアの方に人気を集めるのではないか、と思われます。

昨年、春ごろフレデリックコンスタントの日本正規輸入代理店の営業マンS氏か
ら耳に挟んだ事なのですが、フレデリックコンスタントをシチズン時計が買収す
る可能性があるとの噂を聞いておりました。それが現実化し、シチズン時計が、目を見張る勢いで成長している新進気鋭のスイス時計会社『フレデリックコンスタント』を完全買収したという、事実を聞かされました。

オープンハートの文字板を世界に先駆けて発売し、わずか30年足らずで名実共に世界に名だたる時計メーカーの一員として認められるまでに大きく成長した時計会社であるにも関わらず何故、東洋のシチズン時計に身売りをしてしまったのか、大きな疑問を持っていましたが、営業マンの話では、創業者の跡継ぎのご子息が時計産業に全く関心が無く、止むを得ず経営権をシチズンに委ねてしまったという事でした。話によると買収金額は数百億円という高額の買収案件でした。

これで、シチズン時計はスイスの有名のムーブメントメーカー、ペレ社とスイス
高級腕時計フレデリック・コンスタントを手にした訳で、今後シチズン時計がさ
らに飛躍し、今まで以上にセイコーを大きく凌駕していくでのはないか、と思わ
れます。

セイコーファンである小生には何とか1970年代の勢いを取り戻してほしいと願って止みません。それには誰もが驚嘆するような素晴らしいメカ式ムーブメントを開発しかないのではないかと思います。名機キャリバー45系、61系、56系以上の機械の開発が待たれます。

〒924-0862 石川県白山市(旧松任市)安田町17-1 イソザキ時計宝石店
電話(FAX):076−276−7479  メール:isozaki@40net.jp