マイスター公認高級時計師(CMW)がいる高度な技術のお店
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国際時計通信『水晶腕時計の興亡』
時計の小話
続・時計の小話
121話〜140話

●続・時計の小話 第41話(高振動について)●

近年、市場に出回っている腕時計の多数は、8振動以上のハイビートが占めています。高振動の腕時計が5振動(ロービート)よりも優れた点は、高速回転でテンプが振動する為に、外的衝撃を受けにくいという点が挙げられます。

腕につける腕時計は、置き時計や掛時計と違って、外的衝撃を常に受けやすく、その結果、歩度に大きな影響を及ぼし、精度の不安定化を起こします。テンプの振動数が高ければ高くなるほど、テンプの回転は速くなり、それだけ外的衝撃の外乱要素の影響を受けにくくなります。

精度を高める腕時計には高振動ムーブメントが採用される起因はここにある訳です。 高振動を得る為には、強いヒゲと軽い小型のテンプ、の組み合わせが必要ですが、その為に平姿勢と縦姿勢のテンプの振り角の差が少なくなり、姿勢差誤差を少なくする事が容易になります。

強いヒゲゼンマイを採用する事により、アンクルの第二停止上でテンプが止まっているという現象は起こりにくくなります。また強いヒゲゼンマイを採用 している為に、止まった状態でゼンマイを軽く巻いた程度では動き出しにくいという、現象も顕れます。ロービートのアンクル爪への注油は、一般的にハイビー トのアンクル爪よりも大きくなっている為に注油がとてもし易い、という利点があります。

ハイビートの場合、ガンギ歯数も多く、アンクルも一般的に小さく作ってある為に、まんべんなくガンギの歯の衝撃面に油を塗る事は、高度な技術を要するものです。ロービートの場合は精度を上げる方法として大型のテンプを採用しているケースが多いと思います。

時計雑誌等に、良くハイビートは高速回転する為に、パーツの損耗が激しく、寿命が短い様に書かれている場合がありますが、メーカーでは、歯車のカナ 等に硬度を増すメッキ仕上げ等をしている為に、それほど杞憂を抱く必要はありません。

小生が名機と思っているセイコーCal,45系(10振動)も生産さ れてから40年近く経っているにもかかわらず、上手く調整すれば新品の頃の精度が見事に蘇ります。 最近セイコー社が12振動の超ハイビートの腕時計のプロトタイプを発表しましたが、それとてメーカーでは、苦心惨憺して耐久性をあげる為にいろんな手はずをしています。

●続・時計の小話 第42話(スイスの弱点と強み)●

スイスの国は、九州ほどの面積の中に約700万人の国民が住んでおり、永世中立国として平和な国家を築いて今なを繁栄しています。周りに強国に挟ま れていながら高い所得水準を維持し、繁栄をしているのには、並々ならぬスイス人の国を自らの手で守るという気迫ある誇りと勤勉さと質の高い教育水準の顕れ だと思います。

精密加工技術産業にも100年にも渡り世界をリードし続けられたのも、技術・技能の伝承が親から子へ、子から孫へと自然の流れの中に上手く行ったからに他ありません。

スイスは、天然資源にも恵まれず、他国から見れば羨望されるような資源を持った国ではなく、強いて言えば観光産業にのみ一歩秀でた美しい自然があったと、言えるでしょうか?

そんな国が、時計産業を今日まで継続して繁栄させてきた事に驚嘆をせざるを得ません。スイスの弱点と言えば、日本と同じ様に少子高齢化で労働人口が 次第に年老いていっている事でしょう。日本の人口が一億人以上を数える事を思えば、スイスの人口の少子高齢化問題は、日本以上に大変な国家的悩みと言わざ るをえません。

日本の国は精密加工技術のみならず、エレクトロニクス産業や、鉄鋼・造船にわたる重工業、自動車及び機械・化学工業と大変裾野の広い熟成された世界 的競争力のある産業構造になっているのが日本の底力であり、スイスとは全く比較にならない国家の経済力を持っていると言えます。(スイスがクォーツで後塵 をはいしたのはエレクトロニクス産業が当時、日本よりも遅れていたためでしょうか。)

いくらスイス人が我慢強く器用で、勤勉で労働力の質が高いと言えども労働力の絶対数が少なく、日本人の一億を超す几帳面で勤勉な国民が日本の時計産 業を発展させようと本気になっていろんな対策をやれば、日本の時計産業はスイスの時計産業と言えども凌駕出来るのではないかと思われます。

日本の勤労者で辛抱強い性格で、几帳面で細かい作業に適した人材が7万人いるとして、その比率からいけば、スイスの国の中にはそういった人々が 4,900人しかいない事になります。そういう事を思えば人口が少ないという事はスイスの国にとって最大の弱点と言えると思います。

日本の時計産業が、新製品の腕時計を開発してもすぐさま自国の消費者に販売出来、その反応をすぐ読みとる事が出来ますが、スイスの国の時計産業の人々は、海外の国に売りさばいてその反応を見るという、時間とコストの面で不利な状況に置かれていると思います。

それにもかかわらず今日、スイスの時計が世界中の時計ファンに歓迎されて賞賛されているのには、スイスの時計産業に携わる人々の伝統を守ろうとする想像を絶する努力の賜物ではないか、と思います。

●続・時計の小話 第43話(時代の流れでしょうか)●

最近、ある時計雑誌を見ていましたら、GSX社が毎秒12振動(43,200振動)の超ハイビートの腕時計を発売する、という記事が載っていまし た。ムーブメントの写真も拡大してあって、掲載されていましたのでよく眺めてみると、ローターの留め方、テンプ受けの緩急針の方式などがセイコー社のやり かたと全く同じ様な方法なので、まさか、セイコーインスツル(SII)が最近開発した、新型12振動ムーブメントではないのではないか?と、疑念が起こり ました。

確認する為に、他の情報誌からセイコーの12振動ムーブメント(現在未発売)と比較してみると、地板の仕上げ等が異なる他は全く同一のものである、と思わざるを得ませんでした。

スワ、まさか模造品製造で有名なC国の時計会社がセイコー社の12振動ムーブメントをこんなにも早く模倣出来た事にC国の時計会社の時計技術のレベ ルがここまできたのか?と想像したり、産業スパイが暗躍してセイコーの、このハイレベルな技術をどうやって盗んだものか?、セイコーインスツルのトップ技 術者がヘッドハンティングでC国の時計会社にスカウトされたのではないか?など色々想像したりしていました。

(エレクトロニクス産業においては、日本の優秀な技術者が韓国や中国の企業からヘッドハンティングされ、他国の電子企業に就職する事が日常茶飯事になっているとも、聞き及んでいます。時計業界においてもこの様な事がおきたのか?と思ったりしておりました。)

一応、確認の為にGSX社に確認の電話を入れて見ましたら、驚くなかれ、セイコー・インスツルからこの新ムーブメントの供給を受け、来春、価格未定の段階ですが、数百万円以上で売り出す、という驚いた話でした。

セイコー社や、シチズン社が過去に於いてキャラクターブランドやファッションブランドメーカーにクォーツムーブメントを供給して、腕時計を発売して いる事は、皆さん良くご存じだと思いますが、セイコーインスツルの技術者が苦心惨憺して新開発した、超ハイビートの新ムーブメントを、同じ時計業界の会社 にこのムーブメントをいち早く供給する事に、驚かざるを得ませんでした。セイコ−経営陣の今までにない大胆な意識改革・発想の転換があったのではないか? と思います。

そう言えば、電波腕時計の開発にあたって、友好関係にあったドイツのユングハンスにセイコー社が、高級メカ式ムーブメントを供給する事実にも驚かさ れました。今秋、発売されるユングハンス1861クロノスコープには、セイコークレドールのクロノグラフムーブメント6S系が採用されるものと思われ、同 じく今秋発売されるユングハンス1861オートマチックには、メカ式GSのムーブメント9S系が採用されるものと思われ、この事実にも大いに驚かされまし た。過去のセイコー社からは想像だに出来得ない事でした。

●続・時計の小話 第44話(近未来の漠とした不安)●

スイス及びドイツの腕時計メーカーが、ここ数年マニュファクチュール(一貫生産時計メーカー)化を目指して、目覚ましい企業努力をしています。こと の発端は2002年にスォッチグループのムーブメントメーカーETA社が、スォッチグループ以外の時計会社にエボーシュを供給しない、との発表をしたから でした。幸いにもスイス政府の圧力からでしょうか、事なきを得ましたが。

それ以降、ETA社からエボーシュの供給を受けていた、時計会社が危機感を抱き、マニュファクチュール化にまっしぐらに突き進んでいったメーカーが たくさんありました。最近では、新しい新機構の脱進機を開発して発表したりしています。特に目に見張るものに、オメガ社のコー・アクシャル脱進機、ユリス ナルダン社のフリーク脱進機等が挙げられます。

超名門のパテック・フィリップ社が最近発売した『アドバンスト・リサーチ』に搭載したムーブメントには、シリコン製ガンギ車を採用し、ヒゲゼンマイにシリコン製の『スピロマックス』を採用している事です。

ガンギ・アンクル爪にアンクル爪油を注油しなくて済む、シリコン製のガンギ車を採用する事により、オーバーホールの期間が長くなる、というメリット もありますし、アンクル爪やガンギ歯に平均的に注油するという、煩わしい作業も無くなる事も大きなメリットです。また、シリコン製のヒゲゼンマイを採用す る事により、内端、外端曲線を理想曲線にする、という極めて難しい作業も無くなるという事も大きな魅力にあるに違いありません。

片方の巨頭のオーデマ・ピゲ社も、アンクル爪石に潤滑油が要らない、画期的な脱進機を開発しています。

これらの新機構のエスケープメントが正当に正確に評価されるのは、発売されてから10年〜20年以上実際に使用して経年変化を見ないと解らないのではないか?と小生は思います。

それに比べてみて、クラブツースレバー脱進機は、アンクル・ガンギの潤滑油の点に少しの難点があるだけで、ほぼ現在では100%完璧の域に達してい る、安心出来る脱進機と言えます。ユーザーの方の選択肢が増えた事はとてもありがたい事ではありますが、現時点で何十年に渡って使用したい、と思われる方 は、クラブツースレバー脱進機搭載のムーブメントを小生は薦めたい気がします。(超高額のトーゥルビヨンの腕時計を買った人からも思ったより精度が出てい ないと言う話しも聞いております。)

ある時計輸入商社から伝え聞いた話ですが、ETA社はエボーシュの供給を2010年に現在の4分の1にまで削減する、という事が言われています。こ ういう状況に立ち入ったならば、弊店が力を入れているオリスやエポス等の良心的な時計会社の小売り価格もかなり暴騰するのではないか?と懸念を抱いており ます。

●続・時計の小話 第45話(ドイツ時計メーカー)●

ここ最近のドイツ産腕時計の躍進には、目を見張るものがあります。ドイツ産の時計と言えば、クロックが世界中の方に愛用されていたユングハンス、キンツレー社が特に有名です。

腕時計のドイツ産メーカーとしてはハンハルト、ソーティス、クロノスイス、ユンカース、等が最近よく知られているところですが、旧東ドイツのグラス ヒュッテ地方に復活及び誕生した、ランゲアンドゾーネ、グラスヒュッテ・オリジナル、ミューレ・グラスヒュッテ、ノモス社が魅惑ある時計を作り続けていて 人気を博しています。

特にグラスヒュッテ・オリジナルとランゲ・アンド・ゾーネが、ここ10年ほどで想像を絶する素晴らしい機械時計を作り続けてきた事に対して、驚嘆せ ざるを得ません。何故に10年間という僅かな期間の間に、スイス時計が成し遂げられなかった程の美しい複雑なムーブメントを次から次へと開発出来た原因が 何なのか。また両社の時計技術の底力を見せつけられた思いが致します。

恐らく、冷戦時代の東ドイツのグラスヒュッテ地方の時計メーカーは、電子腕時計やクォーツ化に大きく立ち後れた事が、幸いになったものと思われま す。共産国の労働者の方々に安価な機械式腕時計を長年に渡り作り続けてきたことが、メカ式時計の技術の蓄積となり、西ドイツに吸収される事により、新しい 経営陣・資本を迎え入れる事によって、革新的な機械式時計への誕生へと導かれたのでしょう。

クォーツ化に立ち後れたことが、メカ式生産に必要な各種の工作機械・工具の保存・維持が上手く行き、破棄に到らずにすんだのではないかと不幸中の幸 いだったと思われます。グラスヒュッテに住んでおられた時計技術者の方々は、安価な機械式腕時計を作り続けた事に安住する事なく、何時の日か世界中の人々 に吃驚させるような、時計を開発したい、と強い願望を持ち続けた結果がこの開花に結びついたのでしょう。

ノモス社も当初はETAcal.7001のムーブメントを採用していましたが、今では独自の自動巻ムーブメントを開発したり、ほとんどのパーツ類を 自社開発して、マニュファクチュール化を目指して邁進しています。ある情報筋から聞いたところによりますと、トゥールビヨンでさえプロトタイプが完成され ており、近い将来、商品化を目指すほどの時計技術力を養成してきました。またミューレ・グラスヒュッテは独逸産らしい質実剛健のシンプルな飽きの来ない腕 時計を開発して時計愛好家に喜ばれております。

かつては、スイス時計メーカーは日本の時計メーカー、セイコー、シチズンが最大のライバルであったでしょうが、現在スイス時計メーカーの最大のライバルはドイツ時計メーカーに
代わってしまった、と断言してもいのではないか?と思います。日本の時計メーカー、セイコー、シチズン、オリエント社もドイツメーカーに負けない努力を今後ともして欲しいと願っております。

●続・時計の小話 第46話(ラドー・ダイヤスター)●

スウォッチ・グループの一翼を担う日米でとても人気のあるラドー社から、超硬ケース(キズがつきにくいスクラッチガード)をまとった、『ラドー・ジ・オリナジナルクラシック』が昨年16万円前後で発売されました。

この時計のデザインの原型は1962年に誕生した、ラドー・ダイヤスター・ジ・オリジナルのリバイバル版と言えます。バレルラインと呼称される、一見、楕円形のケースで他に類を見ない個性的なデザインでした。

1962年に発売された頃は、小生の記憶が正しければ大凡、7万円前後で売り出されたスイス高級腕時計の一つでした。父もこの時計のデザインが好きで、絶えず店頭に3、4本並べていた事を記憶しています。

小生が高校生の頃、正月元旦の日に中年の夫婦が店に入ってこられ、このラドー・ダイヤスターを現金であっさりと買い求めて行かれた事を昨日の様に鮮 明に覚えています。今では、スーパーや百貨店が元旦から初売りするのが当たり前になってきましたが、40年前以上の商店街ではほとんどの店が正月三が日は 休んだものです。根っからの商売人(頑固な時計職人でもありましたが)であった父は、元旦の日でもシャッターを一部だけ開けて一見客を取ろうとしたのかも しれません。

小生の父は、とても縁起を担ぐ信心深い人で、月の初めには長浜八幡宮、豊国神社にお詣りをし、月末近くには、日帰りの小旅行で京都伏見稲荷に参って いました。(酒を嗜まない父はそれが唯一の気晴らしであったのかもしれません。)元旦にラドー・ダイヤスターが売れたので、父はその年の正月は上機嫌で今 年は景気が良くなる、と喜んでいて、その年のお年玉はいくらか、例年よりも多めであった記憶が残っています。

ラドー・ダイヤスターは、モース硬度8で、タングステンの合金でちょっとやそっとではキズが付きにくいケースで、いつまでも新品の様な光沢を保てる 美しい腕時計でした。ラドーは当時は酒田時計貿易が輸入して販売していましたが、余りにも日本で人気を博したので、当時のラドーのライバル、平和堂貿易が 輸入していた、テクノスが超硬ケースの『テクノス・ボラゾン』を発売して、それも当時としては大いに当たった腕時計でした。現在60〜70歳代の人にとっ ては郷愁を呼び起こすような懐かしい時計かも知れません。

テクノス・ボラゾンのケースは、変形型では無く、丸形のオーソドックなケースデザインでした。超硬ケースは、キズがつきにくくて新品の光沢を喪失し ない、という大きな利点がありますが、落下等の衝撃により、ケースに亀裂が入る場合が往々にしてあり、それが弱点と言えたかもしれません。

●続・時計の小話 第47話(華麗なる一族、服部家の内紛)●

先日、驚天動地のニュースが飛び込んできました。セイコーの機械式腕時計を生産している、セイコー・インスツルの会長兼社長代行の服部純市(純一)氏が臨時の取締役会で緊急動議が発案され、解任に追い込まれたそうです。

服部純市氏は、創業者服部金太郎氏、二代目社長服部玄三氏、三代目服部正次氏、四代目謙太郎氏、五代目一郎氏に次いで六代目の社長に当たる人です。解任の理由は色々と取りざたされていますが、純市氏は学究肌の論客として著名で、優秀な経営者として目されてきました。

岩手県・雫石の高級メカ式・匠の工房も彼の発案によるとされています。純市氏の弟は服部真二氏で、セイコー・ウォッチ(株)の代表取締役社長を務めておられますし、下の秀生氏もセイコー・インスツルに勤務しておられます。

純市氏の叔父さんに当たる人が、販売の神様と言われた服部礼次郎氏で、(株)セイコーの名誉会長の地位にあるという、セイコーの嫡流の子孫にあたる人です。

純市氏がセイコー・インスツルの15%の株をもっているという、筆頭株主であるにも関わらず、取締役会で純市氏以外の全員が解任動議に廻ったという事態は異常な事と言わざるを得ません。

推測するに、独断専行的な事があった事が解任理由に取り挙げられていますが、創業者一族が中心となってセイコーグループの今日までの繁栄を脈々と築 いてきた事を考えれば、取締役の人々が純市氏を盛り立てて会社を運営し適切な助言・補佐をして円満に解決すべきだったのではないかと思います。純市氏を補 佐する名参謀役がおられなかったのではないかと思われ残念です。

服部家一族には、リーダーシップが取れる優秀な経営者が次から次へと輩出した事により、東洋の一時計メーカーが世界中の人々から認知される一大有名 時計メーカーへと、発展しました。創業者の服部金太郎氏は、裸一貫で身を興して、銀座に服部時計店を興し、時計製造の精工舎も起業しましたし、二代目社長 玄三氏は、多難な戦時中にあるにも関わらず、精工舎を存続させ、玄三氏の弟の正次氏は、日本のセイコーを世界のセイコーへと大きく脱皮させた功労者でもあ ります。

玄三氏の長男、謙太郎氏と正次氏の長男、一郎氏も敏腕な経営者として有名で、特に一郎氏は諏訪精工舎をセイコー・エプソンへと大きく変貌を遂げさせ る事が出来た、優秀で辣腕な経営者でありましたが、謙太郎氏と一郎氏が1987年に相次いで若くして亡くなられた事は、セイコー・グループにとって非常に 大きな痛手であった、と言わざるを得ません。今日まで一郎氏が存命であったなら、この様な騒動は起こらなかったのではないか?と思わざるをえません。

エプソンが情報関連機器メーカーとして押しも押されぬ世界的な大メーカーになり、セイコーのメカ式腕時計がようやく時計愛好家に認知されはじめ、よ く売れる様になってきたこの時期に、この様な醜聞が飛び込んできたのは、セイコー社の長年に渡り作り上げてきたクリーンなイメージには、打撃であると言わ ざるをえません。

多様な才能を持った人々を輩出してきた服部家には、純市氏の従兄弟に譲二氏がおられ、彼はバイオリン奏者として世界的に有名で英国王立音楽院の教授 を務めておれらるほどです。また、正次氏とその長男の一郎氏は、美術工芸品の収集を生涯に渡りされてきて、そのコレクションされたフランス絵画等がサンリ ツ服部美術館に展示されて一般に公開されています。

父親から二代に渡るセイコー・ファンの小生に取りまして今回の騒動を冷静に対処して円満解決することを願っております

●続・時計の小話 第48話(時計技術通信講座の終了)●

2001年の春から時計技術通信講座を6年間に渡り、28人の生徒諸君を教えてきました。今年は 名門大学T大出のN君や、W大出のT君等の俊英の生徒が入門してきました。今年度の受講生のレベルは例年より高かったようで、3人の生徒諸君が修了証書を 貰えるまで、腕を上げました。

中でもN君は、礼儀正しく、几帳面な性格で、先輩の人に対しても言葉遣いが丁寧で、非常に好感の持てる青年でした。彼は頭脳明晰で、理解力も早く、わずか4回しか基本的技術を教えているにもかかわらず、呑み込みが早く相当腕を上げました。

語学力のある彼は英文の時計技術叢書を入手して、今後理論を勉強するそうです。
こういうやる気のある青年がこの業界にぜひとも入ってきていただきたい、と熱望しております。

『信州・匠の時計職人』の2級を合格した静岡県のK君の、後を継いで、ぜひとも時計技術試験合格に向かって邁進してほしいと思います。将来的には日本の時計技術の屋台骨になれる人材であると思っております。

28人の生徒の中には、セイコーやシチズンに勤務している人もおりましたし、いろんな業種に渡る多くの青年と懇意になれたのは、小生にとっても多く の収穫がありました。受講後、希望に胸ふくらませた青年達といろんな業界の話や、人生談義を話す事が出来たのも、大きな楽しみの一つでした。現代の青年が どのような人生観、考え方を持っているのかとても新鮮で話を聞くことが出来た事も嬉しいことでした。

2007年度も時計技術講座をいつ募集されるのですか?という問い合わせが11月頃より多くメールや手紙できておりますが、人を教える、という事は 大変なエレルギーと気力を消耗しますので、2007年度の時計技術通信講座は一時休止したい、と思っています。また、体力と気力が充実してきましたら、生 徒を募集して時計技術通信講座を再開したいと思っております。

思うにつけ、角野先生や行方二郎先生、加藤日出男先生、菅波錦平先生の諸先生方は生涯にわたり、何十人〜何百人という多くの優秀な時計職人を育て上げられた事を思うと、自分の非力を痛感すると共に、諸先生方の努力と熱意に頭が下がる思いがします。

●続・時計の小話 第49話(自社製クロノグラフ時計メーカー)●

メカ式のコンプリケーション(トゥールビヨン、スプリットセコンド・クロノグラフ、ミニッツ・リピーター、永久カレンダー)を、自社一貫生産する時計メーカーは、極々一部しか存在致しません。

メカ式クロノグラフですら、自社一貫生産する時計メーカーも限られた10社ほどしかありません。パテックフィリップ、ランゲ&ゾーネ、ジャガールク ルト、ジラールペルゴー、ゼニス、IWC、ロジェ・デュブイ、ロレックス、フランクミューラー、セイコー等々は、独自の設計でメカ式クロノグラフ・ムーブ メントを生産し自社ブランドで腕時計を販売しております。

これらの時計メーカーの名前を見ましても、いかにメカ式クロノグラフムーブメントを製作する事が難しく、確かな技術力が無ければ出来ないかを伺い知 る事が出来ます。そのメカ式クロノグラフ・ムーブメントメーカーの中に、新しく二つの時計メーカーが最近、仲間入りを致しました。

10年前より、ショパールのマニュファクチュール化の動向に期待と関心を寄せていました。この度、ショパールが独自のメカ式クロノグラフ・ムーブメ ントを僅か1年という短期間で開発した事に大いなる驚きと歓びを感じざるを得ません。この新式メカ式クロノグラフには、ローターの軸にセラミック製ボール ベアリング、垂直クラッチシステム、ゼロリセット機能、両方向巻き上げ式自動巻機構等を装備しており、将来的には、このムーブメントを基礎にして、派生的 にいろんなバリエーションの複雑腕時計を作っていくものと、推察します。それだけの技術力を熟成した時計メーカーに成長したと推量出来ます。

それにしても、ショパールのここ10年の目覚ましい技術開発力には、驚きを隠せません。欲を言えば、市場価格を抑えていただき、少しだけ無理をすれば購入出来る様な価格設定にして頂きたい、と思っております。そうすれば、もっと日本でも人気が出てくるものと思われます。

昨年は、モーリス・ラクロアもメカ式クロノグラフ・ムーブメントメーカーの仲間入りを果たしました。このモーリス・ラクロアのムーブメントは、ユニ タスCal.6498をベースに開発された手巻きの大型クロノグラフで、懐中時計の機械をベースにしている為に、大きくなり、この時計を所有した時計愛好 家には、クロノグラフの動作がハッキリと見え、楽しみが増えるものと思われます。コラム・ホイールを採用している為に、流れる様なクロノグラフ機構の動き が見られます。

今後、技術力を持ったスイス時計メーカーは自社製メカ式クロノグラフを開発する為に、まっしぐらに進んでいくものと、思われます。

●続・時計の小話 第50話(時計研究会)●

日本時計師会の本部は、大阪市にあった為に、関西地区にはCMW公認高級時計師が多く誕生致しました。著名な時計師の先生達が集まって『大阪時計研究会』という、時計技術の勉強会で研究発表等が昭和40年代初めより毎月一回、開催され月例会が定期的に行われていました。

大阪では、日本時計師会と大阪府時計眼鏡協同組合が共催で、村木時計サービスセンタービルや、大宝文化会館を場所にして行われていました。

講師としては、日本時計師会・会長の小林敏夫先生や、飯田弘先生(CMW)がジャコツールの使用について、多田稔先生(CMW)が時計師の電気学、 飯田茂先生(CMW)がゼロ秒への調整、江波一郎先生(CMW)が吊りテンプについて、岩崎吉博先生(CMW)がウォッチの調整、等々を講義してこられ て、時計師の技能向上の為に尽力をつくされたのです。

大阪時計研究会は、クォーツの拡大発展により、日本時計師会が解散されると共に無くなってしまったのは、残念でありました。

一方、東京には、『日本時計研究会』(住所・東京都台東区台東4-29-15上野水谷タウンプラザ301)という時計技術者の集まりの組織があり、毎月一回月例会を開いて、親睦、時計技術の勉強、研鑽に大いに貢献しています。

この日本時計研究会は、発足以来50年の長きに渡り、休まず現在まで、月例会を主催して時計師の技能発展の為に、尽くされています。『日本時計研究 会』の前進は『関東時計技術研究会』と、称され、昨年11月に急逝された河田通夫氏を会長に頂き、メカ式腕時計の技術の向上と後進への指導に貢献されてき ました。

その後任に最近、桑名才次氏(CMW)が新会長として選ばれ、今後の日本時計研究会の益々の発展が期待されます。(奇しくも桑名才次氏は、小生と同じ1971年度のCMW試験合格者で、CMW合格認証式でお会いして、写真では私の右横におられる人であります。)

日本時計研究会の講師の方々も名だたる著名な先生方が講師として、呼ばれています。喜連川純先生(CMW)、第二精工舎の小牧昭二郎先生、小野茂先生(CMW)、末和海先生(CMW)先生等が講師になられて、時計技術の奥深い講義をなされてきました。

『日本時計研究会』は、現在もなお継続して月例会を開いておられますので、深く時計技術を学びたいという若手時計技術者の人には、入会して勉強されるとよいのではないか、と思います。

現在の『日本時計研究会』には、末和海先生(CMW)、山田喜久男先生(CMW)、野元輝義先生(CMW)、喜連川純先生(CMW)、加藤実先生 CMW)、小牧昭二郎先生(ハワードミラー・日本サービスセンター所長・ヒコ・みづのジュエリーカレッジ教授)、東谷宗郎氏(セイコー時計資料館研究 員)、等が役員になられて会を盛り上げておられます。

大阪時計研究会が無い今、日本で唯一の時計研究会です。年会費も7千円と安く、入会していろんな先輩諸氏の方々の知識や技能を吸収するにはとても良い会合だと思われますので、希望に燃えた熱意ある若い人には入会をお勧めしたいと思います。

--執筆後記--

長野県主催の『信州・匠の時計修理士試験』の為に尽力された、セイコー・エプソンの高名な時計技術者・竹岡一男氏が日本時計協会の推薦により、平成 18年度の時計技術の『現代の名工』を受賞された事は慶びに耐えません。氏は2005.1.25日に遠方より弊店にご来店いただき、いろいろと試験のあり 方について意見を述べさせていただきました。食事をしながら会談出来たことは今となっては嬉しい思い出です。

●続・時計の小話 第51話(好調な超高額腕時計の販売)●

先日、ノモスの正規輸入代理店、(株)大沢商会グループ時計部のM氏が弊店に来店して、今年のノモスの動向やいろんな情報を頂きました。 話しをしている中では、最近、大沢商会グループが取り扱っている、『ドゥ・ヴィット』のトゥールビヨン(小売り上代3000万円以上)の腕時計が関東地区で売れたそうです。

ドゥ・ヴィットという高級腕時計は、オーナーのジェローム・ドゥ・ヴィット氏が2003年に会社を立ち上げた、新鋭の時計ブランドです。ショパールやジャッケ、バルジューからムーブメントを仕入れて、超高額腕時計を生産している会社です。

ドゥ・ヴィットのトゥールビヨンも、独自のメカニズムで駆動するムーブメントとの事です。 4、5年前から、関東の有名百貨店で行われる、世界腕時計展では、一週間で数億円の売り上げがあるそうです。(客単価はゆうに100万円を超えるそうです)

15年以上前では、10万円以上のクォーツ腕時計を売る事に大変な努力が必要だった事を思えば、隔世の感が致します。日本全国の有名時計専門店(約50店舗程でしょうか)でも、1000万円以上するトゥールビヨンや複雑腕時計が現金で売れていく事を聞くと、北陸の人口15万人の小さな街で時計店を経営している小生にとっては、吃驚するような事ばかりです。

大沢商会グループM氏の話によると、そういう超高額腕時計を販売した後のフォローが大変だそうです。ハッキリ言われなかったのですが、恐らくユー ザーの方の精度要求等が非常に厳しいものと推察しています。

どんなにウン千万円を超すトゥールビヨンと言えども、10万円代のセイコー・クォーツには精度の面で同じ土俵の上には立てないのも事実であろうと思います。 超高額機械式腕時計に、ユーザーの方として正確な精度を要求されるのは、致し方無い心境かもしれませんが、携帯精度・日差+-2秒前後以上の精度を 要求するのは無理な相談と言えると思います。

その事を思えば、一部の人達にとってロレックスは、今や高額腕時計では無いと言われるかもしれませんが、ロレックス・デイトジャストに搭載されているCAL.3135を完璧に調整すれば、ウン千万円のトゥールビヨンと言えども精度の面ではかなわないのでは無いか?と小生は思っています。

昨今、格差社会が出現したと政治・マスコミ等で賑わしていますが、メカ式腕時計のユーザーの方にも格差が出てきたと時計雑誌等で書かれています。上代5万円前後のメカ式腕時計でもオーバーホール時にヒゲゼンマイ等の微細精密調整をすれば、100万円クラスの高額腕時計と比較してもまったく遜色しない精度が出るものですから、小生は5万円のメカ式腕時計でも充分、高級腕時計と思っています。

●続・時計の小話 第52話(CMW海外派遣事業)●

日本調時師協会(日本時計師会前身)専務理事・飯田茂先生と沖縄の大店『山城時計店』・山城勝社長の尽力により、1966年より、CMW海外派遣事業が始まりました。CMW試験の上位合格者2名をアメリカ・ベンラス時計会社へ2年間時計技術者として、派遣する事業です。

第1回目の派遣には、生野工業高校・時計計器科卒業生で、最初にCMWを合格した松山のF君と、(株)ジェコーに勤務していたF君が名誉にも選ばれて、米国へ旅立っていったのです。

ベンラス時計会社で、派遣された若いCMW諸君は技量を大いに認められ、週40時間労働で、75ドルを支給され(月給としては、日本円に換算して当 時10万8千円です。当時は1$360円時代。当時大学初任給が4〜5万円前後の時代の事を思えば、かなり優遇されていたものと思います。 日本では未だ普及していない週5日勤務。何せ食料が日本と比較して安く生活費が想像以上にかからなかったそうです。)

さらに住居費はベンラス時計会 社が全額負担し、年収で当時の金額で130万円近くを貰っていたために、派遣された諸君は2年間の派遣終了後、小遣いを一杯貯め込んでスイスを中心にヨー ロッパ旅行を巡って帰国したそうです。

現代では、海外旅行に出かけるのに誰もが容易に手軽に行ける時代になりましたが、40年前では、航空運賃等もベラボーに高くて、本当に財布の中身が 潤沢である一部の富裕層の一部の人のみしか海外渡航は出来なかったのですから、このCMW海外派遣事業は当時としては大いに話題になりました。

このニュースを伝え聞いた、スイスの高級腕時計会社『ユリスナルダン』の4代目社長レイモンド・ナルダン氏が、来日しCMWの二次試験を見学されました。レイモンド・ナルダン氏は、スイス時計学校を卒業し、時計学校の教師にもなられた程の時計専門家でした。 ナルダンと言えば船舶用クロノメーターのメーカーとして有名でしたが氏は当時、船舶用クロノメーターの責任者として製品を検品するほどの実力者でした。

その彼がCMW試験の高度な試験内容に驚嘆し、『CMW受験生がどこで、このような高度な時計技術の勉強をしたのか?』と問われる程に不思議がってお られた、という逸話があります。

ニューヨークにあったベンラス時計会社には、400人の社員がいて、アフターサービス部門には、60名の時計職人がいたそうです。ベンラス時計会社 は当時、コネティカット州にも生産工場を所有するほどの、アメリカにおいては中堅時計会社でしたが、ご多分に漏れずクォーツクラッシュの影響をもろに受 け、現在では残念ながら会社自体が消滅してしまっているのは、残念に思われてなりません。

スイスの名門時計会社が復活しているようにベンラスも何時の日か復活して欲しいものです。ベンラス社は日本の、日本のCMWを高く評価してその名誉 を湛える為に、大阪の生野工業高校時計計器科にベンラス社製、メカ式腕時計を教材として300個寄贈されたのです。

当時の金額で、500万円を超すとい う、莫大な寄贈でした。 このCMW海外派遣事業は、1970年代半ばまで、継続して行われ才能ある若手時計技術者が海外で活躍したという業績を残しました。現在では時計職 人に成ることに夢を抱いた日本の若い諸君が単独でスイス時計学校に入学して卒業し、スイスの有名時計メーカーに就職している事を思えば時代の大きな変容のうねりを感じます。

●続・時計の小話 第53話(札幌時計台)●

先日、BS放送を見ていましたら、札幌時計台の時計の事が詳しく放送されていました。

札幌時計台は札幌農学校演武場(現・北海道大学)に、明治11年(1878年)10月に建設されました。札幌時計台の機械は時打重錘振子四面時計 「米国・ハワード時計会社製」で、現在まで130年近く正確に時を刻み続けている事に驚きを隠せません。

さすがメカ式の耐久性は流石ですね。それまでの日本の時計台の機械が英国製・スイス製が殆どでしたが米国製は珍しい事でした。

映像からは、脱進機(ガンギ車・アンクル)の動きの様子が撮影されていましたが、退却型脱進機ではなく、直進型脱進機(グレアム静止型)と身受けら れます。ガンギ車の歯数は38枚有り、2分で一回転する様に設計されています。

当時では日本に時計会社は存在しない状態で、明治初期では米国は時計先進国 であった事が伺い知れます。小生も35年以上前の修理見習い時には、戦前の精工舎の1週間巻きのボンボン掛け時計をよく修理をしたものです。

退却型脱進機を採用しているために、精度はあまり芳しくなく、ゼンマイが緩んでくるに従って、歩度が遅れたりする兆候がありました。(1日にマイナス1〜2分の誤差は当たり前でした) ガンギ歯の先端も摩耗していたり、アンクル爪にガンギ歯の跡が削られてしまい、よくそこを研磨して修理調整をした覚えがあります。

札幌時計台の時計が130年以上も、正常に動いている事は驚異的な事ですが、余程ハワード社の金属素材の強度が優秀であったものと思います。(重要な歯車等は一切交換等をしていないそうで余計に驚きです)

でも如何に機械の地金や歯車の材質が優秀であったとしても、定期的にメンテナンスをされていればこそ、今日まで寿命が持ったものと思います。 札幌時計台の保守点検管理には、地元の時計店の井上清さん、息子の和雄さん親子が70年に渡り継続して面倒を見てこられたそうですが、三日に一回ハンドルを用いて、重鎮「重量は運針用が約50kg、打鐘用が約150」を巻き上げるという継続的な作業をしてこられた事に対して、頭が下がる想いがします。

映像には、井上和雄さんがアンクル爪の衝撃面に注油されている様子が映されていました。 親子二代に渡って、70年間メンテナンスをする、という事は本当に目立たない地味な作業ですが、偉大な業績だと私は思っています。現在では若い見習の時計師が跡を継がれるそうで喜ばしい限りです。

柱時計の修理の要諦はアンクル足を曲げて片振り調整をしっかりやる事です。 またアンクル足の先端のワッカの中に入る振り竿との隙間を出来るだけ少なくして接触部分に少量の輪列油を注油する事です。そうするだけで調子がよくなり、かなり等時性も良い方に是正されます。(腕時計のヒゲ受け・ヒゲ棒・ヒゲゼンマイの少ない隙間調整に似ています。)

札幌時計台の機械のハワード時計会社は、アメリカでは当時から有名な会社で次回にその話しをしたいと思います。

-執筆後記-
先日、日本時計研究会の重鎮、喜連川 純先生から『二級時計技能士訓練課程、時計修理課 ・教科書編、・指導書編』のCD-ROMを役に立てて下さいと突然弊店に送られてきました。 今後、時計通信講座を再開する時にこの貴重な資料・教材を使用させて頂くつもりです。電話にてお話しして先生の若くて艶のある声に嬉しく思いました。 この場を借りて、喜連川 純先生に御礼を申し上げます。

●続・時計の小話 第54話(ウォルサムについて)●

エポスの懐中時計は、搭載しているムーブメント(Cal.ユニタス6497)が、非常に安定した精度を出す機械で、地板仕上げもとても美しくされているために、人気があり、いつも品薄の状態が続いています。

腕時計が主流になった今日、何故懐中時計が売れていくのか不思議な気がしておりますが、購入された人はおそらく見ているだけでも満足感を味わっているのではないでしょうか。

今から100年ほど前は、身につける時計と言えば懐中時計で、それもとても高価格であった為に、所有出来る人は極一部の人に限られていました。

明治、大正、昭和初期にあらゆるジャンルで功績のあった人に、天皇陛下より下賜された菊の紋章の付いた時計と言えば、懐中時計で、ウォルサム懐中時計や精工 舎の懐中時計『エキセレント』でした。 (ノーベル文学賞に何度も候補が挙がった日本を代表する文学者・三島由紀夫氏も東京大学・法学部を主席で卒業された為に天皇陛下より懐中時計を下賜されています。)

精工舎の懐中時計『エキセレント』は、米国のウォルサムの懐中時計を参考にして製作されたものと、巷間言われています。ウォルサム社はアーロン・L・デニスンが創業した会社で、マサチューセッツ州の工業都市ウォルサム市に設置された為に、この名前が命名されました。

デニスンは、1812年に靴屋の息子としてこの世に生を受けましたが、生まれた時から機械いじりが好きで、時計店を渡り歩いて、時計技術の修得に日 夜努力したそうです。近くにスプリングフィールド銃器工場があり、その大量生産されてゆく様子を眺めるうちに、懐中時計をいかにしたら合理的に大量生産出 来るか?常に考えていました。

1849年にデニスンは、E・ハワードという優秀な共同経営者を得て、1853年に第一号のウォルサム懐中時計の発売にこぎつけました。(札幌時計 台の時計は高級時計製造会社E・ハワード社製でした。スイス・シャフハウゼンに時計工場を建てたIWCの創業者、アリオスト・フロレンタイン・ジョーンズ はE・ハワード社で腕を磨き上げたアメリカ人時計技術者でした。)

当時のウォルサム懐中時計は販売価格、40ドルもしたそうで、あまりにも高価格な為、誰が買うのか?不思議がられるほどの値段でありました。(家が一軒買えるほどの値段であったと言われています)

しかし、ウォルサム時計工場は、軍需用として、懐中時計が必需品となった為に爆発的に売れ出し、1904年には、社員が3,600人に膨れ上がり、週に15,000個の懐中時計が生産されているほど、当時としては世界最大級の時計会社へ大変身を遂げた訳です。

そんな歴史のある実力・人気共にあったウォルサム社でしたが、第二次世界大戦後、スイス時計の攻勢にあい、あえなく米国から消滅してしまった事は残念であります。

アメリカ生誕のベンラス社、グルーエン社、エルジン社も現在では既に無くなってしまいましたが、現在残っているハミルトン社やウォルサム社 はスイス資本の時計会社として生き延びているのが事実であります。

ハミルトン社は現在スイス(スウォッチ・グループの一員)で活躍しており、リーズナブルで魅惑的な機械式腕時計を矢継ぎ早に出して、今なを人気があります。一方のウォルサム社は高価格路線の商品を出していますが、過去の名声と比較して一抹の寂しさを感じます。

●続・時計の小話 第55話(今後のオメガ社の動向に注目)●

一番ポピュラーな機械式腕時計の両雄と言えば、誰もが連想するのは、ロレックスとオメガです。

1960年代においては、ロレックス社とオメガ社は、クロノメーター合格品数をスイス国内では一位、二位を争うほど数多く毎年生産して、お互いに競い合って進歩してきました。

一時期、オメガ社はクォーツ・クラッシュの大打撃を受けロレックス社よりも少し立ち後れて後塵を甘んじてきました。ロレックス社は完全なマニュファ クチュールで、自前の機械をいつも開発して搭載して発売してきましたが、オメガ社の腕時計の中には、一部に優秀なETA社の汎用機械を搭載してきたことが オメガのファンの方にとっては、少し不満の点であったかもしれません。

ジョージ・ダニエル氏の発明したコー・アクシャル脱進機をETA社のムーブメントに採用して、3.4年前から本格的に発売してきました。

ここにきて、オメガ社が『デ・ビル アワービジョン』腕時計に完全な自前の機械を開発して、新型コー・アクシャル脱進機を搭載して発表致しました。 この完全な自社開発したオメガCal.8500(直径29mm、毎時25,200振動)はツインバレルを採用し、パワーリザーブは60時間という魅力のある商品に仕上がっています。

地板等の研磨も美しく溜息が出るほど完成度の高い腕時計に仕上がっています。 調速機には、フリー・スプラングテンプを採用して、調整用マイクロスクリューを出し入れする事により、慣性モーメントを変化させて緩急調整をするという方式をとっている為に、秒単位での精密精度調整が可能になっています。

また、テンワの直径が10.6mmと大型化し、テンワをクロームによりブラックメッキを施し、今までにない異彩を放っています。テンプ受けもツーブリッジ方式を採用して、歩度の安定に寄与する方式も採用しています。

将来的には、このオメガCal.8500を基礎として、GMT機能や、パワーリザーブ表示機能や、ビッグデイト機能を持った新作の腕時計が出てくるものと想像しています。

本当に久しぶりにオメガ社らしいムーブメントを新開発してきた事に喜びを隠せません。

今後のオメガ社の動向は注目に値しますが恐らくはショパール社のような高級時計会社を目指しているものと思います。オメガ社のこれからを注視しなけ ればならないでしょうが、恐らくETA社のムーブメントを搭載する事を卒業して、自社開発のオメガCal.8500系のムーブメントをシーマスターやコン ステレーションに採用していくものと思います。

一転、残念な事ですが、小売価格設定が高いのでユーザーの方にどれだけの支持を今後得られていくか?その努力が必要になると思います。

●続・時計の小話  第56話(時計修理技能検定について) ●

平成18年度の時計修理技能検定が終了し、3月14日に合格発表が行われました。

平成18年度は、全国15都道府県で実施され受験者総数は717名になり、30年ぶりに受験者総数が700人を突破したという事でした。平成15年 度の受験者総数が407人、平成16年度の受験者総数が641人、平成17年度の受験者総数が698人と毎年、時計修理技能検定の受験者が増えていってお ります。

この増加する数字を見ただけでも、全国の時計店が販売オンリーでは無く、時計技術に対して前向きな姿勢になってきた証拠だと思います。修理技術を伴った販売でないと今後生き残っていけないという危惧を抱いたのではないかと思います。

自店で販売した時計を自店で修理調整するという事が、理想ではありますが、多くの日本の時計店はその努力を皆目しないで、メーカーや輸入元のオフィシャルサービスに任せきりであった事への反省がこの受験者数の増加につながってきたと思われます。

1960年代から70年代の頃のように時計店の店主がしっかりした時計技術を身につけ、時計に対しての高い見識を持っていた時代では、時計メーカー や時計輸入業者は単に利益に走る時計のみを創るのではなく、しっかりした機械の時計を作るよう努力したものでした。時計店の店主が高レベルの技能を持って いたからこそ日本の時計メーカーも発展したに違いないのです。

時計修理技能検定の受験者数が増えてきた事は喜ばしい限りですが、一つだけ残念な点があります。一級時計技能士試験、二級時計技能士試験、共に試験教材をクォーツのみにしている為に、機械式腕時計の修理技能を試す事が出来ないからです。

クォーツと機械式では根本的に修理作業に差異がある為に、今日の様に機械式腕時計が完全に復活してきた今、試験教材に機械式腕時計を採用する段階に来ているのではないか?と思います。

機械式腕時計を修理するには、設備、工具等にクォーツ修理とは違う器具を所有しなければならず、簡単には試験課題を変更するのは難しいかもしれませ ん。また、メカ式に精通した試験官の養成も急務になってくるでしょう。技能検定委員の方々や全時連・技術部の有隅武正先生には、ぜひ、御一考をしていただ きたい、と思います。

現時点での機械式腕時計の修理技能を客観的に計る試験と言えば、長野県の『信州・匠の時計修理士試験』と、岩手県の『いわて機械時計士技能評価試験』しかありません。

ここ何年にもわたり、時計修理技能検定試験は試験教材にクォーツのみを採用している為に、試験合格者には、敢えて、クォーツ一級時計修理技能士、またはクォーツ二級時計修理技能士と、名称を改めるべきではないか?と独断的に思ったりしています。

現行の試験制度の合格者の中においても、機械式時計の修理技能に対して優秀な方もおられるものと思いますが、客観的に見て、機械式修理技能を推量す るのは難しい状態ではないか?と思います。是非今後は試験課題にクォーツだけにとどまらずに機械式腕時計も合わせて採用する事を勧めたいと思っておりま す。

●続・時計の小話  第57話(フリースプラング方式) ●

緩急針(ヒゲ棒、ヒゲ受け等)の無い精度調整機構のテンプをフリースプラングと言います。
フリースプラングを採用している時計メーカーは、高級腕時計を製造しているメーカーが多くあります。

パテックフィリップ(ジャイロマックステンプ、マスロット偏心錘)やオーデマ・ピゲ、ランゲ・アンド・ゾーネ、ショパール(ヴァリーナ・テンプ方式、偏心錘がテンワのリムに埋め込まれている方式)、ブレゲ、ジャガー・ルクルト、ローレックス、等々があります。

その中で一番有名なのが、ローレックス社のマイクロステラ・テンプであり、パテックフィリップのジャイロマックス・テンプと言えます。

そのフリースプラング方式を採用しているメーカーの中にオメガ社も最近仲間入りを果たしました。オメガ社はコー・アクシャル脱進機を搭載したテンプ にフリースプラング方式を採用し、一対の調整用マイクロスクリューを取り付け、スクリューを回転する事により、テンワの慣性モーメントを変換して緩急調整 する方式です。

最近、新開発されたオメガ社のCal.8500は2対の調整マイクロスクリューを採用して、より高度な精度調整が簡単に出来る様に進化させています。

オメガ社のフリースプラングは、平ヒゲですが、ロレックス社のフリー・スプラングはCal.1570、3135の様にブレゲヒゲを採用しています。平ヒゲのフリースプラングとブレゲヒゲのフリースプラングではお互いにメリットとデメリットがあります。

平ヒゲのフリースプラングの場合、衝撃によってヒゲゼンマイの変形がほとんど見られない点がメリットですが、ブレゲヒゲのフリースプラングの場合 は、ヒゲゼンマイが同心円状に伸縮運動する為に、縦姿勢でのヒゲ重心移動による姿勢差誤差が少ない、という利点が挙げられます。デメリットとして、衝撃等 により巻き上げ部分のヒゲゼンマイが少し変形して、等時性に悪影響を及ぼす場合があります。今後のスイス高級時計メーカーはフリースプラング方式に流れて いくのが趨勢に思えます。

従来からある、緩急針方式は、歩度の調整幅が広く、精度調整が特殊な工具を使わずにドライバー1本で出来る、というメリットがあります。しかしながら、秒単位での精密精度調整になると、フリースプラング方式よりも劣ると言わざるを得ません。

量産されていくムーブメントは、緩急針方式をとらざるを得ないでしょうが、この方式を採用している腕時計でもヒゲゼンマイ外端曲線を理想カーブに調 整し、ヒゲ棒、ヒゲ受けに挟まれているヒゲゼンマイのアソビ(アオリ)を超微細にする事によりいとも簡単に優秀クロノメーター級の精度を出すという、大き なメリットを持っています。

緩急針方式の秀逸がグランドセイコーのCAL,9Sでありフリースプラング方式ではショパール(ヴァリーナテンプ方式、偏心錘がテンワのリムに埋め込まれている方式)と思われます。

フリースプラングは時計師がヒゲゼンマイを弄る機会が減り、緩急針方式では必然的にヒゲゼンマイを弄る機会が多いために時計師の腕前を上げるにはこ ちら方が良いかも知れません。よって緩急針方式、フリースプラング方式どちらが優秀であるかは時計師の好みによって別れると思います。

●続・時計の小話  第58話(NHKのニュースで) ●

昨日(4/30)、NHKの夜9時のニュースで『復活スイス高級腕時計・その理由は、どう巻き返すか日本』という特集を放送していました。

スイスで毎年開催されるワールドウォッチ・バゼールフェア2007が、4/12〜4/19まで一週間開催されました。弊店の取引先の正規輸入元・営業マンがスイスへ出張して話しを聞いた所によると、大盛況であったそうです。

昨年、一年間のスイス時計の輸出額は1兆3,500億円に上り、世界中の時計愛好家の人々からスイス高級機械式腕時計が、如何に人気を集め支持をされているか?伺い知れる数字です。

セイコーのクォーツクラッシュにより大打撃を受けたスイス有名時計メーカーが、このように大復活をなし得た、その原因を、今まで時計の小話に書きつ づってきましたが、やはり一番の大きな理由は、メカ式時計技術の伝承にかける意気込みと、国と州による、国家を挙げての若い時計技術者を時計学校で育て上 げるという、意気込みが途切れる事なく、続いた結果だと思います。

国産を代表する、セイコー社のセイコ−・インスツルが岩手県の雫石に『高級機械式腕時計工房』を遅ればせながら、立ち上げた事は、日本のメカ式時計 技術の向上の為には、非常に良かったと、思います。その放送の中で、雫石の技術者のトップにおられる技術者の桜田守氏(現代の名工)が言っておられた言葉 に、小生は多少違和感を覚えざるを得ませんでした。

桜田氏は『正直言って、技術力では日本の方が優れていると思います。そういう技術を向上する事で最終的にはスイスを超えたい。』とおっしゃておられ ました。果たして、現在では日本の方がスイスより一歩前に行っているのでしょうか?スイス時計業界のトップレベルの時計技術者達は、トゥールビヨンや、永 久カレンダーや、スプリットセコンドクロノグラフ、ニミッツリピーター等の複雑時計を設計し、自らの手で世の中に送り出す、という才能溢れた時計技術者が 何人もいます。

果たして、日本ではそういう時計技術者が一人でもおられるでしょうか?

1970年代初めの頃では、セイコーの機械式腕時計の精度ではスイス高級腕時計と並んだと、言えるかもしれませんが、現在での時計技術の総合力で は、断然にスイスがリードしていると言わなければなりません。その評価を端的に表しているのが、スイス時計産業の輸出金額である、と言えます。

セイコーの雫石の高級時計工房に10年ぶりに、19才の若い見習技術者のM君がたった一人入社したそうです。それに比較して、スイス時計業界では、 毎年何十人にも上る優秀な若手時計技術者が各有名時計メーカーに入社していく事を比較すれば、その事だけでもスイスと日本の優劣の差は歴然とするのではな いでしょうか?

雫石の工房に『機械式時計でスイスを超える』という看板が立っていましたが、セイコーが本気になってスイス時計を凌我する為には自前の4年制のセイ コー・時計学校を創立して、毎年優秀な若手の時計技術者を輩出していかなけば、到底スイス時計に敵わない、と私は思っています。

スイス時計業界の底力をかいま見るものに、長年に渡り時計工具を製造してきた、スイス・ベルジョン社の存在があります。日本には、スイス・ベルジョン社のように、営々と優秀な時計工具を一貫して
生産しつづけてきた工具メーカーがこれまであったでしょうか?その点から見ても、日本はまだまだ到底スイスに太刀打ち出来る力はまだ無い、と思わざるを得ないのが残念です。

日本の時計メーカーがスイスに肩を並べられた、と言える日は、日本の時計メーカーがトゥールビヨンや、永久カレンダーや、スプリットセコンドクロノ グラフ、ニミッツリピーター等の複雑時計を生産し、その機械の醍醐味を理解して購入する時計愛好家がいて、それを完全にアフターサービスが出来る高度な時 計技術者がいて、初めてスイスに追いついた、と言えるのではないでしょうか?

●続・時計の小話  第59話(ノモスのトゥールビヨン) ●

先日、スイスバーゼルフェアに出張して帰国された大沢商会グループ弊店担当M氏より、ノモス社の最新の情報を沢山、頂きました。 (NOMOS 2007 BASEL MODEL→)

ノモス社は1906年に創業した歴史ある時計会社ですが、長い間冬眠状態を余儀なくされ、1992年にローランド・シュベルトナーによって復興された時計会社です。復興されてわずか15年の間に、ノモス社独自設計のトゥールビヨンを開発したというビッグニュースです。
(NOMOS FLYING tourbillon→)

トゥールビヨンとは、仏語で『渦巻き』という意味ですが、脱進機、調速機が回転する状態から名づけられたと思われます。トゥールビヨンは、天才的時 計師 アブラハン・ルイ・ブレゲが発明した機構で、キャリッジ内に脱進機、及び調速機を納め、回転させる事によって、姿勢差による重力の影響を減少させる という仕組みです。

腕時計という限られたスペースの中に、この機構を組み入れる事は、時計会社の技術力が問われるものです。実際にトゥールビヨンを開発し発売している時計メーカーは、名門の有名時計メーカーが名を連ねています。

パテック・フィリップ、オーデマピゲ、ブランパン、ユリスナルダン、ジャガールクルト、ピアジェ、ブレゲ、等々があります。その超有名時計会社に復興後、僅か15年のノモス社が仲間入りを果たした、という事は快挙だと断言しても差し支えないと思います。

トゥールビヨンには、いろんな種類があります。ベアト・ハルディマンが開発したセンター・トゥールビヨン、ダブル・トゥールビヨン。ジャガールクルト社が発売しているキャリッジを球形にして複数の回転軸を
設定する事により、立体的な回転運動をする、3次元トゥールビヨンがあります。

その他にはブリッジを文字板でに固定しない、宙空に浮かぶ様に見えるキャリッジをフライング・トゥールビヨン。他には、一般的にはキャリッジは一分 間に一回転するのが通常ですが、30秒でキャリッジが一回転する、より精度が出る高速トゥールビヨン等が存在します。どれも1千万から3千万以上する高額 高級時計です。

トゥールビヨンを新たに開発したノモス社が、ETA社製Cal.7001のムーブメントから完全に脱却して全く自社製の手巻きムーブメントを開発した技術力にも驚かされました。
(NOMOS Manufacture→)

このムーブメントの写真をM氏から頂戴して見てみましたが、ドイツにあるランゲアンドゾーネ社のCal.L931.5のムーブメントを彷彿とさせる 様な、素晴らしい仕上げになっています。シャトンビス、スワンネックを採用したムーブメントは限りない美しい光芒を放っています。

M氏の話によりますと、ノモス時計はヨーロッパで大人気を博し、受注残が2000本以上も貯まっているそうです。弊店でも、ノモス自動巻カレンダー (タンゴマット・ゼータ)が納期が大変遅れていて、ご注文頂いた方々に長い時間待っていただいている事に大変恐縮している次第です。

セイコー社にも東谷宗郎先生の設計によるセイコー社独自のトゥールビヨン・プロトタイプが既に出来上がっており、ぜひ、それを商品化して世の中に出 して欲しい、という強い思いがあります。例え、採算ペースにのらなくてもセイコー社の名声を上げるために商品化するようセイコー・インスツル社にエールを 送りたいです。

●続・時計の小話  第60話(正規品と並行品) ●

舶来の機械式腕時計を手に入れる方法は、いくつかの選択肢があり、ユーザーの方に決断は委ねられています。一番安心して、間違いなく本物を入手する方法としては、日本の正規代理店と特約店契約を結んだ小売店で購入する方法です。

原則として、定価販売が基本姿勢ですが、資本主義経済社会の中での厳しい競争下では、定価で販売することはなかなか難しいと、言えるかもしれませ ん。今日の様な、ネット社会が浸透してきた今、価格、アフターサービス等でユーザーの方が容易く販売価格・店舗サービスの比較を出来る状況下では、なかな か定価販売を一途に通す事は、困難と言わざるをえません。

世界で、絶対的な人気と信用を得ているR社では、ネット販売を禁止し、値引き販売をした時点で、即、正規取扱店から抹消されるという、強気な時計会社もあります。

弊店でもインターネット販売開始する以前ではR社の時計もT卸商やH卸商から正規品取扱いしておりましたが、R社に判った時点で正規品取扱いから排除されたという苦い経験があります。

舶来の機械腕時計を手に入れる方法としては、その他には、並行輸入品取扱店から買う方法や、大都市にある量販店から買う方法もあります。並行輸入品 の場合は、R社の腕時計と言えども、値引き販売が可能で、正規品よりも安く購入出来ますし、正規品ではなかなか入手困難な、人気モデルでも値頃な価格で手 にする事も出来ます。

並行輸入品取扱店では、アフターサービスの点で店舗間の格差が大きい為に、いろんな事を調べあげて購入された方が良いと思います。量販店で並行輸入 品を購入した場合、バンド調整や、アフターサービスの面倒を十分に見ない会社もありますので、購入予定の方はよく調べ上げて、買われるべきかなと思いま す。

最近では、機械式腕時計が人気を得てきた為か、新品及びユーズド品をネットオークションで入手されたり、意外と品揃えが豊富である質屋さん等で入手される人が増えてきています。

ネットオークションの場合は、個人売買ですので、保証が無く、大きなリスクを伴う為に、あまり勧める方法とは言えないかもしれません。その他には、最近増えてきたのに、友人、知人、身内の方から機械式腕時計を譲られる方が増えてきた模様です。

今まで何十年も引き出しの奥に放置されていた、機械式腕時計が日の目を見て、小生の店にも頻繁に修理依頼が来るようになった事からも伺われます。今 までは腕時計と言えば、店舗に出向いて腕時計を購入される人が多かったのですが、通信販売が次第に増えるにしたがって、他店で買った腕時計をバンド調整の みをしてほしいと言われる来店者が増えてきたのも事実です。

卸商の話によると、地方の零細時計店では、時計がほとんど売れなくて電池交換とチョイ直しや、メタルバンド調整のみで店を細々と経営している店が多くあるという事です。家族で経営していたメガネ専門店も量販店に押されて消えゆく店が多くあります。

白山市でもここ数年でメガネ専門店4店舗が廃業に追いやられました。なかなか厳しい店舗格差時代になったと痛感しています。腕時計を購入するには、 後々のアフターサービスが充実している店で購入するのが安心と言えますし、メタルバンド調整くらいは販売店でしっかり出来る店で購入された方がなにかと、 後々便利だと思います。

〒924-0862 石川県白山市(旧松任市)安田町17-1 イソザキ時計宝石店
電話(FAX):076−276−7479  メール:isozaki@40net.jp