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国際時計通信『水晶腕時計の興亡』
時計の小話
続・時計の小話
121話〜140話

●時計の小話 第261話   アラーム機能付き腕時計●

先日、レビュートーメン・クリケット(AS ア・シールド社製 Cal.1930 17石)
http://www.isozaki-tokei.com/syuri-swiss_others.htm) の修理依頼を頼まれ、オーバーホールを終了しました。

『クリケット』、というアラーム機能付き手巻き腕時計を初めて開発したのは、 1858年創業のバルカン社で、1947年に市場に売り出した時計でした。 1947年と言えば、昭和22年にあたり、第二次世界大戦終了後の混乱激動期にも 関わらず、アラーム手巻き腕時計を開発したバルカン社は、 永久平和国スイスにあればこそ、出来た快挙ではないか、と思います。

このバルカン・クリケットは、太平洋戦争中のアメリカ大統領トルーマンや、 戦後のアイゼンハワー、ニクソン、ケネディ、ジョンソンという歴代の アメリカ合衆国・大統領が、常時愛用した腕時計としてつとに有名です。 バルカン・クリケットのメカニズムは、勿論、駆動用とアラーム用の二個の 香箱ゼンマイを内蔵しているのですが、一個のリューズで、右回りに回せば 『アラーム用ゼンマイ』が巻き上げられ、逆回しに回せば、『時計駆動用ゼンマイ』 が巻き上げられる、という構造になっていました。

バルカン社は、その後、1961年にMSRグループ組合に参入する事になり、1986年以降は、 『レビュー・トーメン・クリケット』のブランドで発売する様になり、 バルカンという老舗のブランドは残念なことに姿を消してしまったのです。 しかし、2001年に、PMH社がクリケットの商標権を取得して、 『バルカン・クリケット』が見事に復活したのです。

『レビュートーメン・クリケット』をオーバーホール中、驚いた事に、 1958年国産のC社が発売した『C・アラーム 17石 当時の価格で7,200円〜』 (http://www.isozaki-tokei.com/syuri-citizen.htm) とムーブメントが寸分違わず同じである、という事がわかり、ビックリした事でした。 (99%全く同じでしたが、地板等の形がほんの少し、違うだけの代物でした。)

ア・シールド社が、C・アラームを真似たのか (或いはムーブメントの供給を受けたのか)、 またはC社がア・シールド社のアラーム・ムーブメントを模倣したのか (或いはムーブメントの供給を受けたのか)、 真偽の程は今となっては、ハッキリ断定は出来ませんが、推察するに、 プライド高い、白人社会のスイス時計会社の人々が東洋のアジア・日本人が開発した 機械を真似るとは想像すら出来ない事なので、恐らく、C社が ア・シールド社のアラーム・ムーブメントを参考にしたのではないかな?と 独断的な想像をしてます。

そう言えば、かつての、国産のS社もスイス・フォンテンメロン社の婦人用手巻きを 参考にして、婦人用手巻き腕時計を製作した事を思えば、 ありうるのではないか?と回想しています。

●時計の小話 第262話   ティソ・デッド・ストック●

弊店取引先のスイス時計輸入商社の某女史から、電話が突然かかってきました。 今年のバーゼルフェアに商談しに出張した折に、スイスの地方販売代理店の経営者が おりしも亡くなられ、その社長の部屋・倉庫等を整理していましたら、 1960年代後半のティソット(現在名ティソ)のデッド・ストック婦人用手巻き腕時計 が何十本と出てきたので、まとめてお売りしたいので、買っていただけないか? との急な商談が某女史に持ち上がったそうです。

その女史は、日本でのメカ式腕時計の復活・隆盛を目のあたりに見ている為に、 『これは日本の時計愛好家の方々に受け入れられるのではないか?』と判断し、 まとめて全て購入して、持ち帰って来たそうです。 インターネットで、弊店がティソを正規取り扱いしているのを知るにあたり、 弊店でこのティソット腕時計を販売して頂く訳にはいかないか?という 突然の電話があった訳です。 小生も非常な関心が起き、すぐに送って頂く様、手配をお願い致しました。
http://www.isozaki-tokei.com/tissot-dds1.htm

受け取ってみると、デザインもシンプルな腕時計で、必ずや日本の方々に 受け入れられるのではないか?と思い各一本づつ仕入れ致しました。 機械の保存状態も良く、非常に満足が起きる出来映えの腕時計でした。 (湿度の高い日本ではこのような状態で何十年と眠っていられることは 出来なかったと思います。)

ムーブメントを見てみると、キャリバーは709-2、 17石の機械でしたが、 造りはロンジンの名機、手巻き紳士用腕時計キャリバー702  17石、 ティソット紳士用手巻き腕時計キャリバー2451、 17石を小型化した様な 設計の見事なムーブメントでした。

35年ほど前には、このティソット腕時計は当時の価格で、 恐らく4万円前後で販売されていた高級時計だと思います。 時計産業国として歴史のあるスイスにはこのような埋もれたデッド・ストック話は まだまだいっぱいあるような気がしてなりません。 廃屋と化した時計家内工業の建造物を家捜しすればビックリする品が 出てくるのではないでしょうか?

メカ式腕時計は、紳士腕時計の分野においては、ありとあらゆる機種の腕時計が 巷に氾濫する程の活況を呈していますが、婦人用メカ式に関しましては、 まだまだ品揃えが不十分で、これから時計メーカーが研究開発して新製品を 発売してくると思いますが、まだまだ長い時間がかかるのではないか?と 思っています。

●時計の小話 第263話    アンティーク・ロンジンの修理●

岐阜県の方から、ロンジン・薄型自動巻腕時計の修理依頼を7月末に受けました。 この時計は、I様から下記のようなメールが届きました。

『昭和54年5月にチューリッヒで買い求めたものですが、3ヶ月ほどの使用で時間 不正確(日に20分程の誤差が出る)な状態になり、G市の時計店にて修理を してもらいました。修理後も同じ状態のため、その後3回にわたり調整して もらいましたが同じ状態でした。 カレンダー操作は可能です。 このためそのままあきらめ約25年間放置していたものです。 現在は時計自体も動かないようです。 購入後3ヶ月ほどしか使用しておりません。』との事でした。

薄型の自動巻なので、ユニバーサルの様な、マイクロ・ローター機構を 採用しているのではないかな?と思いながら、分解に取りかかりました。
(http://www.isozaki-tokei.com/syuri-swiss_others.htm)

裏蓋を開けて、ビックリした事には、テンプ受け側の天真ホゾ受石が、 紛失してあり、厚めの笠車の押さえ座金も、無くなっていました。 それよりも、一番驚いた事は、複雑なツイン・バレル(二個の香箱車を搭載)機構を 採用していた事でした。

今日では、スイス高級時計メーカーのショパール、パティック・フィリップ等が ツイン・バレルやフォー・バレルを採用して、手巻きの長時間駆動設計の腕時計を 売り出しています。 (どちらも高額商品で100万円以上もする代物でちょっとやそっとでは 買えない時計です。) 25年前のロンジン社が、しかも自動巻で、ツイン・バレルの腕時計を 製造していた事は、画期的な事ではなかったか、と思います。

Cal.L994.1 25石のムーブメントで、ムーブを薄型に仕上げている為に、 ゼンマイ自体も薄く、細い設計になっていました。 その為に駆動時間は、50時間前後しか保たないのですが、当時としては、 驚くべき事だったに違いありません。

ロンジン社は、かつて、『スイスの誇りロンジン』とか、『時計工学のパイオニア』 とか呼ばれていて、世界中で有名で、国際コンクールで最高の栄誉を何度も獲得した、スイスの高級腕時計の会社であります。 また、権威のある天文台コンクールでは、41にも上る精度の記録を 樹立している程で、精度をどこまでも追求しつづけた、 超名門の時計会社でもあります。

当時、日本のセイコー社とも、緊密な関係にあり、日本のロンジンの総輸入元は (株)服部時計店がしていたほどです。 セイコー社の技術陣もロンジン社から、数多くのものを学んだに違いないと思います。

今月初めには、香川県のE様から『ロンジン・ウルトラクロン・クロノメーター』 の修理依頼を受けました。 (http://www.isozaki-tokei.com/syuri-swiss_others.htm) この時計(Ref.8353 SS側)は、1970年頃、定価\95,000で販売されたもので、 当時としては、最高級腕時計の一つでした。 (今の貨幣価値で言うと30万円はするでしょうか?)

ムーブメントは、Cal.431(17石 36000振動 直径25.6mm 厚さ4.8mm  瞬間切換カレンダー機構)で、カレンダー無しのCal.430と共に、高精度が出る、 メカ式ムーブメントでした。 その当時、ウルトラクロンのオーバーホールするときは、 ガンギ車とアンクルを交換する事が義務づけられていました。 何故なら、ガンギ車とアンクルに『二硫化モリブデン』による、 乾燥潤滑仕上げがしてあり、時計店では、その加工が出来ない為に、 OH毎たびに、交換する為、修理料金が高くなる、という事で、 ユーザーの方には大変な不評を買ったものです。

今では、エピラム液がスイスから入手出来る様になり、 交換しないで、済むようになった事は、幸いな事だと思います。 ロンジン社の30年前頃の時計修理を二個するにあたり、かつてのロンジン社は、 素晴らしい技術力を保有していた事に、改めて驚きを禁じざるを得ません。 オメガ、ロンジン、インターナショナルは日本人にとても愛されてきた 腕時計なのです。

今日、ロンジン社は、かつてのような勢いがないスイス時計メーカーに思われますが、 今後、ロンジン社内が一丸となって昔の栄光と繁栄と名声を取り戻して欲しい、と願ってやみません。

●時計の小話 第264話   時間との戦い●

四年に一度のスポーツの祭典、アテネオリンピックが無事終了しました。 日本代表選手の見事な大活躍により、まだ興奮醒めない時間が続いています。 読者の皆さんも開催中は、テレビにかじりついて寝不足であった事と思います。 オリンピックのオフィシャル・タイマーはオメガ社が長い間独占的な地位を 占めていました。

が、今回はスイスのスウォッチグループが担当致しました。 過去においては、ロンジン社、ティソット社、セイコー社等が オフィシャル・タイマーとして、採用される事によって、 世界的な信用を勝ち得たものです。 ロレックス社は、全英オープンに代表されるゴルフの四大メジャー大会に時折 オフィシャル・タイマーとして、登場しております。

今年のアテネオリンピックでは、日本男子体操陣、競泳種目の北島康介選手、 女子マラソンの野口みずき選手、陸上投擲の室伏広治選手、 柔道の100Kg超級の鈴木桂治選手の金メダルが 小生にとっては感動的に深く脳裏に刻まれています。 (勿論、他のメダリストの皆さんの活躍も強く記憶に残っています。)

オリンピックで金メダルを獲得するという大偉業をなし得るためには 彼ら選手は、人々の想像を絶する練習と研鑽を積み重ねてこられ、 強い不屈の意志を持って、試合に臨まれたからこそ映えある名誉を 獲得したものと思います。 小生も若い時、スポーツをしてきて県大会で一位になる事ですら、 大変難しい事なのが、よく解っています。

オリンピックで惜しくも敗れた選手諸君は、ましてや日本の1,2位を争った トップ選手であり、 そこまで上り詰める事ですら大変な事と、言わざるを得ません。 勝負は時の運とも申しますが、オリンピックで惜しくもメダルを取り逃がした 選手の皆さんにも、目一杯の拍手喝采を差し上げたいと思います。 (マスコミもそういった選手の人達にももっと脚光を浴びせても良いのではないかと 思っています。)

その中で、柔道の100Kg級の井上康生選手が準々決勝で敗れた事は、 想像だにしなかった事です。 日本選手代表としての、責任と重圧とにより相当な精神的プレッシャーが かかっていた事は容易に察しられ 敗れはしましたが、彼の善戦・敢闘に対しても、拍手をしたいと思います。 井上康生選手は、敗れた後も、アテネに残り、日本選手代表として、 他の競技の選手達を一生懸命応援されている姿を見て、安堵すると共に、 感動を致しました。

オリンピック代表選手の皆さんは国の威信(ナショナリズム)を背負い、 大事な青春時代の時間をスポーツ競技に没頭して たゆまず、努力をしてこられた人達であります。 せめてメダリストには、国がスポーツ選手として現役引退後 なんらかの生活保障をするという、日本独自のスポーツ憲章を早急に 作って頂きたいと願望します。

今年の陸上100Mの優勝記録は、アメリカのジャスティン・ガトリン選手の 9.85秒でしたが、東京オリンピックでは手動のアナログ・ストップウォッチで あった為に、正確な計測が出来なかった事は致し方なかった事でした。 実際の優勝したボブ・ヘイズ選手の記録10秒フラットは、若干それよりも 遅かったものと思われます。

オリンピックを毎回見るたびに、思うことは、人間にとって『時間』という『時』は、 二度と取り返す事の出来ない貴重な瞬間の蓄積の連続だと思います。 人間は時と戦いながら絶えず生きていなければならない生物のような気がします。

●時計の小話 第265話 ハミルトン カーキ・ネイビーGMTについて●

今年の夏、(株)スウォッチ・グループジャパン・ハミルトン事業部から、 ビジネスマンに非常に役に立つ腕時計が発売されました。 『ハミルトン カーキ・ネイビーGMT』腕時計がそれで、 定価も革バンドタイプ(文字板ブラック)が税込99,750円
(http://www.isozaki-tokei.com/h77615533.htm)で
メタルバンド文字板(ブルータイプ)が税込92,400円
(http://www.isozaki-tokei.com/h77655143.htm)という、 信じられない低価格に抑えて発売している事に、 スウォッチ・グループジャパンの会社の良心的な企業姿勢を、感じざるを得ません。

造りも非常に完璧な仕上げをしてあり、デザインの視認性も高く、 使えば使うほどビジネスマンにとってはとても重宝な時計になりうる腕時計です。 内蔵されているムーブメントは(ETA2893-1 21石)で、 ETAの代表的メカ式ムーブメントの2892-A2の姉妹ムーブメントと言える代物です。

3個のリューズは全て、ネジ込み式リューズを装備している為に20気圧防水という、 高い防水性能を備えています。 2時位置のリューズは、一段目は『ゼンマイ手巻き機能』で、 二段目を右回りに回せば『第二時間帯表示小窓(T2セカンドタイム)』を表示します。 左回りに回せば、『カレンダー早送り』が出来ます。 (カレンダー早送り操作は午後8時〜午前2時の時間においては操作しない事が 原則です。) 三段目にリューズを引きますと、メインの時刻時間合わせが出来る仕組みに なっています。 (こういうタイプの腕時計は、メイン時刻の『針』の逆回しは出来るだけ 避けていただきたいものです。)

4時位置のリューズは、『インナーベゼル操作用』リューズで、 △マークを長針に合わせますと、経過時間が、一目瞭然に解る便利な、機能です。

9時位置のリューズを回せば、世界主要24都市名が書かれている回転ディスクが、 回り主要都市の時刻がすぐ表示する、という便利な機能です。

ロレックスGMT、ロレックスエクスプローラー2、グランドセイコーGMT等は、 どれも30万円以上する、高価な時計ですが、10万円を切る価格で、 この優れたGMT装備を持ったハミルトン カーキ・ネイビーGMTは、 きっと時計ファンの人気を博すものと思います。 実際弊店でも、問い合わせが多く、いつも入荷次第直ぐに売れて行くほどです。

●時計の小話 第266話   メタルバンド・アジャスト方式●

ロレックスのメタルバンドは、大きく三つに分けられます。

エアキング等に使用されているのは、3列の『オイスターブレスレット』です。
シードゥエラー、サブマリーナに採用されているのは、 『オイスターフリップロック』式バンドです。 デイトジャスト等に採用されているのは、美しい『ジュビリーブレスレット』です。
その他には、『プレジデントブレスレット』、
WGケースのみに装着されるプレジデントタイプに、『トリドールブレスレット』が あります。
ハイクラスのドレスモデル用に、コンシールドクラスプを採用した、 『スーパージュビリーブレスレット』があります。

アンティーク・ロレックスに見られるのは、オイスターブレスレットの初期型で、 『リベットブレスレット』があります。 他に『オイスターロック』、ディプロイメントバックル仕様の、 『レザーストラップ』等があります。

ロレックスはケース自体もしっかりした造りになっていますがバンドも 本当に非の打ち所のない造りになっています。

メタルバンドの、アジャスト方式は、時代の転移と共にメーカーによって 多種多様な方式が採用されています。 ロレックス、フォルティス等は、ネジピン方式を採用しています。 セイコー等はCリング方式を多く採用しています。 (この前、販売されましたザ・シチズンのメタルバンドはパイプ式とネジ式が 合体した方法で一瞬戸惑いましたがなかなか優れた方式ではありました。)

オメガ、ゼニス等は『パイプ・リング方式』を採用しています。 オリス、エポス、オリエント等のメーカーは、ヘアピン方式を多く採用しています。 (最近の腕時計で一番多く採用されているのがヘアピン方式でしょうか)

30年〜40年程前の、メタルバンドのアジャスト方式と言えば、 『カット方式』、『バネ棒方式』、『ネジ方式』、『スライド方式』、 『板バネ方式』、『中ゴマ方式』が中心でした。 ユーザーの方が、ドライバー一つで、いとも簡単に、バンド調節出来る方式に、 『スライド式』がありました。

また年輩の方に、腕に装着するのに、便利な伸縮メタルバンドには、 『S字型方式』、『エバ方式』が、ありました。 35年前頃の一時期、フジバンド社製の『S字型方式』の伸縮バンドが爆発的に よく売れた記憶があります。

昔から変わらず根強い人気のあるメタル伸縮バンドにイタリア製の エルミテックス・バンドがあります。 (知恵の輪を思い起こすような留め金式で面白いやり方です)

日本には時計バンド製造会社に『バンビ時計バンド』、『マルマン時計バンド』、 『ベア時計バンド』の大手3社がありましたが安い中国製に押されてか? 経営不振に陥り2社が倒産に追い込まれたことは痛ましい出来事でした。

●時計の小話 第267話   盛岡セイコー工業(株)について●

メカ式のグランドセイコーや、クレドール等のセイコー高級機械式腕時計を 生産している、『盛岡セイコー工業(株)』は、以前の第二精工舎 (現セイコーインスツル(株))の優秀な子会社であります。

最近、盛岡セイコー(株)(岩手県岩手郡雫石町板橋61-1)が、 社内に手作りの高級機械式腕時計を生産する『雫石高級時計工房』を設置し、 始動しました。

1970年に設立された、盛岡セイコー工業はアナログ・クォーツムーブメント等を 中心に、年間1億2千万個を生産する一方で、GS等のセイコーを代表とする メカ式高級腕時計の生産もしてきました。 (しかしその数は年間15,000 個でしかありません。 ロレックス社はメカ式をおそらく年間70万個は生産しているものと思います。)

スイスの代表的時計メーカー、ロレックス、ジャガールクルトと同じ様に、 盛岡セイコー工業(株)は部品製造から、組立完成品に至るまで、 一貫して出来る技術があるマニュファクチュールでもあります。

盛岡セイコー工業には、桜田守氏、照井清氏、大平晃氏に代表される 卓越した技能士がおられ、現場で生産組立調整に携わる一方で、 若手の技術者を育成し、技術を継承する為に努力されていると聞き及んでいます。

盛岡セイコー工業の工房内には、見学コースが新たに併設されて、 部品製造から完成品の組立に至るプロセスを近くで、垣間見る事が出来る 状態になっているとの事です。 (東北の方でメカ式に関心のある読者の人は問い合わせて訪れてみたら きっと大きな収穫があると思います。)

セイコー社は、クォーツ生産技術によって、 世界の冠たる時計メーカーに大飛躍を過去において遂げましたが、 現代の機械式腕時計の復活する事を予見する事が出来ず、 スイス時計メーカに比較して大きく立ち後れた事は否めないと思います。 ようやく、本腰を入れて、メカ式高級腕時計の生産を大々的にする意思を固め、 このような体制造りになったものと思います。

願わくば、日本ロレックス社が、東京に時計学校を設立したように、 日本を代表する時計メーカー、セイコー社が若手の時計技術者を育成するために、 公の時計学校を将来、設立して欲しいと願っています。 そうする事によって才能ある時計技術者の発見・掘り起こしにもつながり 時計業界の裾野が広がるものと確信します。

●時計の小話 第268話   ロレックス・チェリーニについて●

ロレックスにはチェリーニ【CELLINI】というエレガントな時計シリーズが 紳士用・女性用共にあります。 以前は手巻きが主流でしたが最近ではクォーツタイプもいろいろ販売されるようになり手巻きが煩わしいと思っている人には人気があるようですが、 やはりロレックス・チェリーニと言えば男女共、手巻き腕時計が秀逸でしょうか。

チェリーニ【CELLINI】とは16世紀、イタリアルネッサンス期に彫金・鋳造で 天才的な仕事を成し遂げたジュエリー職人ベンベヌト・チェリーニを指します。

ギリシャ神話のペチス、ポセイドンをモチーフにして製作された現存する最高傑作 『サリエラ』は彼の才能を遺憾なく発揮した作品で後世に大きな影響を与えました。

高価な宝石を惜しむことなくちりばた超豪華な彼の作品は 『私の作った王のメダル一個で、城一つの価値がある』と 言わしめたほどのものでした。 全世界で高い名声を誇っているロレックスのシンボルでもある王冠のマークは、 王を表わすとともにクラフトマン(工芸・時計職人)の5本の指を表わしていると 言われていますが、創業者ハンス・ウィルドルフはベンベヌト・チェリーニを 意識してデザインを考案したのではないかと思っています。

ロレックス・チェリーニの手巻きムーブメントにはCal、1501 Cal、1601  Cal、1600等の19石の機械があります。 テンプにはジャイロ・マックス方式を採用していて非常に優れた精度が出る ムーブメントです。 機械の何処を見てもロレックス魂が吹き込まれている素晴らしいムーブメントで あります。

手巻きと言えばパティック・フィリップの『カラトラバ』がつとに有名ではありますが 小生の好みから言えば少し無理をすれば手が届くロレックス・チェリーニ手巻きの方に軍配を上げたい感じがします。 ロレックス・チェリーニのユーズドでは18金無垢ケース入りで20万円前後で 入手出来ることもありますのできめ細かにチェックすれば手にはいるのではないかと 思います。 愛蔵品に一個所有していても決して損のしない逸品でしょう。

●時計の小話 第269話  神戸のアンティーク・ウォッチ・ショップ●

10月13日に大阪の『マイドームおおさか』で、宝飾品の仕入れ会がありましたので、 大阪へ行ってきました。 その帰りに、昨年度の時計技術通信講座卒業生の広川夏樹君が経営している、 アンティーク・ウォッチ・ショップを訪ねてきました。

瀟洒な4階建てビルの2階に、その店舗がありました。 場所は神戸市中央区中山手通3丁目7-29 楊(ヤン)ビル 2Fで、 店の名前はアンティーク アナスタシアと言います (tel. 078-391-7323 三宮駅と元町駅の中間にあります)

チャーミングな奥様と二人で経営しておられ、アットホームな雰囲気で来店客が、 ぼちぼち増えてきている事を聞いて、安堵しました。 縦長の10坪程の可愛いお店ですが、中にはビックリする程多くの、 アンティークウォッチが所狭しと、並んでいました。 僅か一年ちょっとでこれだけの数のアンティークウォッチを蒐集した、 彼の営業努力にも頭が下がる思いです。

特に、40〜60年ほど前の婦人用メカ式腕時計の充実さには、 目を見張るものがありました。 懐かしいアーモンド型や、南京虫型の婦人用腕時計がたくさんありました。 読者の方で、アンティークレディスウォッチに関心のある方は、 一見の値のある店だとお勧めします。 彼も読者の方がご来店して頂けたらきっと喜ぶと思っています。

彼は、その時代の時計も好きなのですが、その同時代の宝飾品も たくさん集めておられ、非常に魅力的なペンダントやイヤリング、コインなどの 商品が、一杯ありました。

小生も、彼が頑張って店を持った事が嬉しくて遅蒔きながら、 開店祝いを兼ねてアメリカ製のエルジン手巻き腕時計(ア・シールド1802)を 一個買ってきました。

彼の店を訪ねた帰り道、偶然にも一軒の骨董品店に立ち寄り、私の好きな アンティークのユニバーサル(Cal、1-69)とインターナショナル(Cal、854)が偶然にも見つかり、そこでも記念に買ってきました。 また、いつの日か、暇な時にオーバーホールをして、皆様に紹介したいと、 思っております。

神戸へは何回となく行きましたが、お洒落で綺麗な女性が多くて、 また町並みもどことなく雰囲気が良くて楽しくなる街です。 大都会特有の喧噪さもさほどなく、落ち着いて街を散歩出来る素晴らしい都市だと いつも感心しています。

●時計の小話 第270話  女性用メカ式●

愛知県のH様からSEIKO、36,000振動 婦人用手巻き腕時計(Cal.1944A 23石)の、 修理依頼を受けました。 (http://www.isozaki-tokei.com/syuri-kokusan.htm

この婦人用ハイ・ビートの腕時計は、1974年第二精工舎で生産されたものです。 ムーブメントは長方形で、縦19.6mm横12.9mm厚さ4.4mmの女性用としては、 少し大ぶりなサイズになっていました。

GSハイ・ビート36000婦人用手巻き腕時計(Cal.1964A)の普及版と言える代物です。 発売当初、精度等級はLA(日差−15〜+25秒)になっており、 当時の婦人用の腕時計としては、精度の出ている高級手巻き腕時計でした。

この機械のベースとなったムーブメントは、 1969年に発売されたGSハイ・ビート36000婦人用手巻き腕時計(Cal.1964A)です。 このGSハイ・ビート36000はクロノメーター規格に入っており、 GS精度基準を合格した当時としては、世界一の精度を保有していた 素晴らしい女性用腕時計でした。 輪列や、テンプ等のパーツ類が効率良くレイアウトされ、 地板の表面研磨も美しい機械でした。

30年程前の婦人用腕時計の精度は中級品で日差−30〜+60秒狂うのは普通で、 時間精度要求の厳しいご婦人方には、ある程度人気があり、 ポツポツ売れた記憶がありましたが、なにせ、ムーブメントが若干大きい為に、 デザインが限られており、ファッションセンスに富んだ女性には、 なかなか受け入れられなかった様に思います。

このセイコーの36000振動の婦人用腕時計は、市場寿命が短く、 アッというまに消え去っていった様な記憶があります。 その為に、残存しているこの機種は恐らく少ないものと思われ、 アンティークとして非常に貴重な腕時計ではないか?と思います。

石川県の方から修理依頼を受けた、 ROLEXパーペチュアルデイト婦人用自動巻 (Cal.2030 28石) (http://www.isozaki-tokei.com/syuri-rolex.htm) の腕時計についてもお話したいと思います。

ロレックス婦人用自動巻腕時計の機械と言えば、 現行の(Cal.2135 29石 28800振動)が現時点では、 最高峰の機械と言えるかもしれません。 Cal.2135に至るまでに、ロレックスは、弛まず女性用メカ式腕時計を 開発・発売してきました。

Refナンバー.6504〜6515は、Cal.1120(ムーブ直径20mm19800振動)が搭載され、
Refナンバー.6800〜6807は、Cal.1160(ムーブ直径20mmオートマ19800振動)が 搭載されました。 このCal.1160は、ロレックスの男性用名機と言える機械Cal.1570  26石を 縮小した婦人用と言えるものです。

Cal.2030 28石はRefナンバー.6706〜6771までに採用されたムーブメントで、 珍しい特徴を持った機械でした。 特にヒゲ棒に2本の人工ルビーを使用していましたし、 緩急調整はヒゲ持ちの所に微細調整出来るマイクロスクリューを取り付けていました。 (一般的にロレックス社はテンワにマイクロスクリューを取り付けています)

また、秒カナ車にクッション座金を取り付ける代わりに、 円形の小さな永久磁石を取り付けていました。 今まで、35年間修理作業をしてきて、唯一の方法であったのかなと思います。
(察するに、永久磁石を取り付けている為に、秒カナ車のカナ部分に 超ミクロな鉄粉が取り付いて、故障の原因の一つになったのではないか? と推察しています。 その為に、その後のCal2130 2135には、この方式は採用されなかったのでしょう。)

●時計の小話 第271話 アンティーク、パティック・フィリップの修理依頼 ●

読者である徳島県のI様から、パティック・フィリップ手巻腕時計 (Cal、23-300 18石 ムーブナンバー1212874  おそらく1966年製?だと思われます)の修理依頼を受けました。 I様のお母様は小生と同じ滋賀県長浜市出身で、I様の祖父にあたる人が 真宗の有名な古刹・大通寺・東別院の裏で医院を開業されていたとの事でした。

「祖父を磯崎さんはご存じかも知れません。」と言うメールを頂きました。 パティック・フィリップの修理依頼は時々お受けするのですが、 パーツがなかなか入手できない場合が多く、お断りしているのが実情です。 オーディマ・ピゲのパーツは弊店取引先のT時計材料店でほとんど入手可能なのですが、 パティック・フィリップは入手できたとしてもパーツ代がとても高く、 時間もかかる為、お客様にお断りしているのです。

以前にパティック・フィリップの修理依頼を受けた時、 あちこちのパーツが摩耗・損耗している為に交換する必要があり、 パーツを取り寄せる手配をかけたところ、パーツ代のみで20万近くかかった 記憶がある為に、今回のご依頼もお断りしたわけです。

I様へ、その旨をメールで返事し、 「I様の祖父に当たる方の医院はM医院ではないですか?」と お聞きしましたところ、「磯崎さんの記憶通り、祖父の病院はM医院です。」と メールで返事を頂きました。 M医院は50年も前から珍しいコンクリート2階建ての病院で壁には蔦が生い茂っていて 北 杜夫氏の小説に出てくるような雰囲気のある建物でした。

M医院のM先生には小生が子供の頃から風邪をひいた時や病気になった時に 往診までして頂いて、治療をしてもらった記憶が鮮明にありました。 私の兄弟5人もいろんな病気になった時にM先生に治して頂きました。 その先生はもうすでにお亡くなりになられて30年も過ぎているとのことで、 その形見と言える大事な腕時計を孫であるI様が大事に持たれている事を聞き及んで、 何とかしてこの時計は自分が直さなくてはいけないと思った次第です。 (20年間はこの時計を使用されていないとの事でした)

M先生は厳格な風貌で、子供心にも近寄りがたい存在の先生でしたが、目の奥には 優しい眼差しのある方でした (小生の恩師でもある行方二郎先生に風貌が似ていたような気がします)。 M先生のやさしいお言葉一つで回復に向かったような神通力のある先生でした。 インターネットで仕事を始出して、こういう深いご縁のある方々と巡り会える事は とても懐かしく嬉しい事でもあります。

一度はお断りしたのですが、修理をお受けする事をお伝えしたところ早速、 I様からの修理依頼のパティック・フィリップが届きました。 裏蓋を開閉する溝が少し特殊な形で、弊店所有の裏蓋開閉器では開けることが出来ず、 開ける爪を修正加工してやっと開ける事が出来ました (裏蓋のパッキングが液状化しており、また錆びていた為に容易に開ける事が 出来なかった訳です)。

開けてみてびっくりした事には、素晴らしい光芒を放つムーブメントが しっかり収められていて、何としてでもこの腕時計を 生き返らせなければならないと思いました。 修理が出来上がりましたら、HP上で読者の皆様にご紹介したいと思っております。

●時計の小話 第272話    現行の手巻の名機●

往年の傑作手巻きムーブメントを列挙すれば、枚数に暇がない程、 多くの数に上るものでしょう。 現行品で、傑作手巻きムーブメントと言えば、下記のものと言えるかもしれません。 これらのムーブメントを搭載した、腕時計は、100万円以上の高価なものなので、 生産及び販売される数も、限りがある為に、 なかなかオーバーホールをする機会は訪れないものと思い、 少し残念な気が致します。

手巻きムーブメントの最高峰に位置づけられるものに、 やはりパテック・フィリップと言われるのが定説になっています。 その中で過去において、 1935年〜1953年に製造されたCal.12-120、1945年〜1950年に製造されたCal.12SC、 1949年〜1970年に製造されたCal.27SC、1961年〜1973年に製造されたCal.27-400AM 1966年〜1971年に製造されたCal.23-300が、つとに有名です。

現行のカラトラバRef3919(定価\1,249,500)に搭載されているCal.215PSは、 過去のパテック・フィリップの名機のデザインを踏襲した、素晴らしい出来映えの 機械になっています。 勿論、テンプには、ジャイロマックスを採用し、パワーリザーブは44時間で 28,800振動です。

以前のカラトラバのムーブと大きく違う点は、角穴車と、丸穴車が地板の上に 出ていて、以前の様に香箱受け地板の下側に隠れている方式とは 大きく違っている点です。 どちらかと言えば、私は今の方式の方が、見栄えが綺麗に映るような気がします。

ピアジェの現行の手巻き極薄ムーブメントCal.600Pも パテック・フィリップCal.215PSに、負けない綺麗な手巻きムーブメントです。 ピアジェ社は元々、手巻き極薄腕時計を作るのを得意としている分野で、 このCal.600Pもムーブメントの厚さが2.1mmという薄さで、 毎秒6ビートのロービートに仕上げています。 このムーブメントを搭載した、腕時計も定価\1,375,500と高く、 ついつい買ってしまう、という訳にはいかない代物なのが残念でなりません。

もう一つの手巻きムーブメントの傑作は、ミッシェル・パルミジャーニが 1996年にパルミジャーニ・フルーリエ時計会社を興し、 素晴らしい自社開発のムーブメントを次から次へと世に送り出している中で、 手巻きではCal.110でしょうか? この手巻きムーブメントはツインバレル方式を採用した、 8日間のパワーリザーブ機能を搭載している事です。 トノー型の形をしたムーブメントは、斬新なイメージをユーザーに 与えるばかりでなく、スワンネック型の緩急針を採用する事により、 アンティーク調のイメージも兼ね備えている傑作ムーブメントと言えるでしょう。

ジャガールクルトの様に、小型のテンプを採用する事により、 長時間駆動が出来るようになったものと思います。 オーデマ・ピゲの『ジュール・オーデマクラシック』に搭載されているCal.3090  6振動もパテック・フィリップCal.215PSに匹敵する機械と言えるかもしれません。

新車を一台買って12年で価値をゼロにしてしまうより高級時計を買って 大事に使い子孫代々受け継がれていくようにする選択も 一つの価値観の選択と言えなくもないと思います。

●時計の小話 第273話   クィーンセイコーについて●

東京都のH様から、下記の様なメールを頂戴しました、 『40年位前に銀座の服部時計店で父に買ってもらった思い出の時計です。 以来ずっと使っていましたが、5年位前に動かなくなってしまいました。 或る時計屋さんに修理をお願いしましたが、部品が無いので直せないと断られました。もう直らないのかと半ば諦めておりましたが、お店のホームページを拝見し、 同じ時計を修理されたご経験がおありになるとのことでしたので、 磯崎様なら何とかして下さるのではないかと思い、このメールを送ります。 何卒宜しくお願い申し上げます。』という内容でした。

このクィーンセイコー(http://www.isozaki-tokei.com/syuri-kokusan.htm)は 1966年、第二精工舎で生産されたものです。 Calは1020 23石で、振動数は19,800(5,5振動)ムーブメントの大きさは 15.5mm×13mm厚さ3.5mmで、当時としては、婦人用高級腕時計でした。

恐らく、精工舎が、1964年に発売された44キングセイコーの女性版として位置づけて、発売したものと思われます。 地板全体が金メッキされいかにも高級腕時計としての風格を持っている 美しい小型ムーブメントでした。 往年の名機オメガ婦人用手巻Cal,483に少し似ているでしょうか? (3番車,4番車,ガンギ車,アンクルに受石を採用している手巻き婦人用としては 多石と言える機種でした。) 当時の第二精工舎の技術レベルを遺憾なく発揮した時計と言えるでしょう。

初代のクィーンセイコーは、1962年に発売された、Cal.330で、 上記のCal1020は二代目になるクィーンセイコーです。 三代目は、1965年に発売された、Cal.2519のものでした。 四代目は1966年に発売された、Cal.2539(Cal.2519の姉妹品)で 五代目が1968年に発売された、8振動の、クィーンセイコー・ハイビ−ト (Cal.2559)でした。 六代目が、1969年に発売された、17クィーンセイコー・スペシャルでした。

このスペシャル版の社内精度等級はLDで、日差−35〜+55というものでした。 最後のクィーンセイコーが1970年に発売されたCal,1020で振動数は21600に変更され 社内精度等級はLAで、日差−15〜+25という精度のものでした。

1968年に、発売された、婦人用手巻きグランドセイコー・ハイビート(10振動)の GS規格精度(日差−3〜+12)や、1944ハイービート・クロノメーター女性用 中三針手巻き腕時計の精度LA(日差−15〜+25)よりも、 クィーンセイコーはかなり精度が落ちるものでしたが、 それでも、当時の女性用普及品の精度とは、比較にならない程の、 正確さと言えるものでした。

一般的に女性用の機械式腕時計は、小型化した為に、精度が出にくいのは 致し方無いもので、その事が、逆に、GS婦人用手巻きの精度を際だたせる 結果になったと言えるかも知れません。

●時計の小話 第274話   『クロノメーター』合格規格品●

機械式腕時計の高精度を保証する称号として『クロノメーター』 合格規格品があります。 1951年にスイス時計製造協会がクロノメーター規格を制定しました。 1969年にセイコークォーツが市場に登場するまで、時計愛好家の人々にとって、 文字板にクロノメーター(Chronometer)と表示されている腕時計を所有する事は、 一つの大きな喜びでもあり、大きな誇りでもあった訳です。

日本では、遅蒔きながら1968年に日本クロノメーター検定協会が設立され、 1970年にクロノメーター検定国際委員会(CICC)に加盟して、 国産のクロノメーター腕時計が世界中に認知され始めたのです。 (キングセイコー・クロノメーター、シチズン・クロノメーターがとみに有名です。)

おりしも、その時代は、クォーツ腕時計の黎明期と重なった為に、 次第にメカ式クロノメーター腕時計の存在意義が薄れてゆき、 今日、日本で発売される公式のクロノメーター合格規格品の腕時計は、 製造されなくなってしまって一抹の寂しさを感じざるを得ません。 (メカ式クロノメーター腕時計とクォーツ腕時計の精度競争では 同じ土俵の上に立てるものではありませんでした。)

今日、日本でもメカ式腕時計の復活・隆盛を観るにあたり、 公式の日本クロノメーター検定協会が再度、復活し国産のクロノメーター腕時計が 再登場する事を熱望しています。

当時、日本クロノメーター検定協会は、『優秀クロノメーター成績表示』のものと、 一般的なクロノメーター合格品との二通りのものがありました。 5姿勢の平均日差は、優秀クロノメーターが、(-1〜+10秒) 一般的なクロノメーター合格品は(-3〜+12秒)でした。

平均日較差、最大姿勢差、最大偏差の項目で、 優秀クロノメーター成績表示の方が当然、勝れた数字が出ていました。 当初、スイスでは、クロノメーター歩度公認検定局を略して(BO検定)と 呼ばれておりましたが、現在では、クロノメーター検定協会を 略して(C.O.S.C)と呼ばれております。

平均日差の精度も、現在の方がより厳しくなり日差(-4〜+6秒)に変更されています。 クロノメーターに準ずる高精度規格品に、独自の検定基準を設定している 時計があります。

国産のグランドセイコーには、独自の『グランドセイコー検定基準』があり、 パテック・フィリップ、バセロン・コンスタンタン等には、 『ジュネーブ・シール規格品』があります。 また、ジャガールクルトには独自の『マスター・コントロール』合格規格品が 発売されています。

1960年代のメカ式腕時計が圧倒的に席巻を極めていた頃、クロノメーターと言えば、 ほとんどの時計愛好家の人々の脳裏に浮かんだのは、オメガ社とロレックス社の 腕時計でした。 両社共、その当時20万個前後の多数に及ぶクロノメーター高精度機械式腕時計を 生産しており、他社の有名な時計メーカーのクロノメーター合格品は、 市場にほとんど出ていないのが実情でした。

中でも、婦人用メカ式クロノメーターと言えば、オメガ社の独断場で圧倒的な 有利な立場にあり、多くの名機を生産しておりました。 当時のオメガ社の名声は、世界中に響き渡りロレックス社に優るとも劣らない と言える時計造りをしていたのです。

●時計の小話 第275話   長野県の時計職人試験について●

今月始め、長野県塩尻市のセイコーエプソン社を試験会場にして、 時計職人・時計技術試験が行われました。 1970年代からのクォーツ腕時計の浸透により、労働省主催の時計修理技能士試験の 試験教材はクォーツを主流にして、長年行われてきました。 ここ10年、機械式腕時計の沸騰する様な人気により、機械腕時計を修理出来る 時計職人の絶対数が少ない事に時計店・舶来時計輸入会社・時計メーカー等が 危惧を抱いてきました。

その深刻な悩みを解消する手だてとして、長野県の長野県時計宝飾眼鏡商業協同組合 とセイコーエプソン、シチズン時計が協力しあって メカ式の時計修理技能試験が今年から行われたのです。 長年のクォーツ技術試験を開催してきた為に、メカ式時計の技術試験を 開催する事には、主催者側の並々ならぬご尽力、ご苦労があったものと思い、 ここに敬意を表したいと思います。

小生の愛弟子にも2級、3級を受験する様、勧めてみました。 試験が終わり、彼らの受験報告のレポートを提出して貰い、 その試験がいかなるものであったか?判断する材料にしました。 この長野県の時計職人試験が、今後途切れる事無く存続していく様に、 提案したい事が多々ありましたので、当事者の方には是非受験生の真意を 汲み取って頂いて、今後の参考にして頂けましたら、と思っております。 (久しぶりのメカ式腕時計の技術試験のため主催者側に試行錯誤があったでしょうし、 段取りが上手く行かなかったのはやむ得ない事かも知れませんが、 敢えて受験生の立場に立って苦言を呈したいと思います。)

小生が時計修理技能士試験や、CMW試験を受験した時、受験講習会というものが、 主催者側から必ず行われ、当時の超一流の時計技術者の先生がたの講義が 2〜3日間行われました。 時計修理技能士試験を近江時計学校で受験したときは、 CMWの行方二郎先生が、受験生全員が合格する様に、手取足取り懇切丁寧に 時計技術の神髄を教えて頂きました。 (あまりの行方先生の講義の熱心さや迫力さに圧倒され感動の余韻が 受講後も残っていた事を今でも覚えています)

公認高級時計師試験の受験の際には、CMWとして全国に名を轟かせておられました、 飯田茂先生、飯田弘先生、多田稔先生、加藤日出男先生、北山次郎先生、 岩崎吉博先生等が、受験生みんなを漏れなく合格させる為に、 言葉では言いあらわらせられない程、熱心に受験の心構えや、試験内容を詳しく 説明して頂き、時計技術の深遠さを教えて頂きました。

諸先生がたの熱心なご指導により、難関なCMW試験と言えども、 受験生の5割が合格したのでした。 (今回の1・2級の受験生をみんなを合格させるべく試験官の先生方の努力は 余りにも少なかったのではないかと思われて残念でなりません。)

今回、長野県の時計職人試験には、1級、2級、3級の3段階に分けて 試験が行われました。 3級の受験生は約20名の方がおられ、その方々を対象にして、受験講習会が延べ 10日間行われたそうです。 その事は、受験生の人達にとっては大変な勉強会になったものと推察します。 しかしながら、3級試験よりも難度の高い、1級、2級試験には、受験講習会が 一日も行われなかったのです。

この事は主催者側の準備不足であった事は否めないでしょうし、 受験生諸君にとっては、大変なプレッシャーになった事であろう事は 容易に察せられます。 (試験事務局のセイコーエプソン竹岡一男氏と直接電話でお話ししましたが、 今回の試験では1級、2級の受験生は少ないと予想し敢えて講習会を 開かなかったとのことでした。 しかし、喩え受験生が一人きりであったとしても、講習会は開くべきであったと、 小生は思っております。

彼ら受験生は、資格取得試験に臨むにあたり、大げさな言い方かもしれませんが、 人生をその試験に賭けている人もおられるはずですので、その心意気を 感じ取ってあげて欲しかったと思っています。) 受験生諸君は、貴重な時間を割き、大切な費用を使って遠路から長野県まで 出向いているのですから、受験生の立場にたって もう少し配慮があっても良かったのでは?と思います。

受験した愛弟子から聞いた所によりますと、腕時計のケースにヤスリで深いキズが つけられていて、そのキズを消して、鏡面仕上げする為にバフ研磨作業に 多くの時間を取られ、本来の技術試験の眼目である、腕時計修理調整の方に 時間をかけられなかったという事でした。 小生が35年間、時計修理作業をしてきて、ケースにヤスリ掛けをした様な キズがついた修理依頼を、かつて一度も受けた事はありません。

このバフ研磨仕上げを時計修理試験の試験内容に考案し、及び試験採点をしたのは セイコーエプソン社におられる『現代の名工』の褒章を受けた方等であるとの 事でしたが、果たして、その方がたが何十年に渡り、 いろんな時計メーカーの多種多様に渡る時計修理作業に携わってきたのか? 疑問を感じざるを得ませんでした。

またメタルバンドの三折れ部分が極端に壊されていて、 それを修復するのにも多くの時間が取られたという事でした。 こういう受験生からのレポートを受けるに辺り、この時計職人技術試験は 本来の精度調整・修理等の時計修理技術の技量を試す、というよりも、 極端に言えばバフ仕上げ、時計外装部修理を重点に置いて問いかけるような 試験内容であったのではないか?と疑問を持たざるをえません。

小生が技能士試験、CMW試験を受験した時、バフ仕上げ等の課題は一切無かったのです。 バフ仕上げ作業は、時計修理技術試験で問いかける様なものでは無く、 少し器用な方なら誰でも出来る作業です。

時計技術試験で、受験生に問う技量として、学科、腕時計の分解、洗浄、組立、注油は当然求められる基本的なものですが、それ以外にヒゲセンマイ調整能力、脱進機調整能力、部品別作能力が問われるものが普通です。そして、合否の客観的判断基準として、実技は平均日差、最大姿勢差、日較差、復元差、作業点等を総合して合否の決定を下されるものでしょう。

そして受験生に郵送された受験要項に、必ず持参すべき工具等が 記載されていましたが、その記載されていない工具が必要とする修理作業が あったという事は受験生の心の動揺を起こさせ、 不安な気持ちで受験させるのはいかがなものであるか?と思います。 テンプの振れ取り作業が、試験課題にあったのですが、この作業をするには、 『テンプ振れ見器』という工具が無ければ出来ないのですが、 この工具を持参しなさいとは受験要項に記載されてなかったのです。

テンプの振れ取り作業は、天真入れ替え作業に付随して行うのが普通です。 今回の2級の試験には、天真入れ替え作業は無く、 テンプ振れ作業のみを求めるのは、どうしても不自然な感じがします。 アンティーク時計の場合、天真入れ替え作業をしなくても、 何十年の使用に渡り、テンプが弄られてテンプに振れが出ている場合がありますが、 それでも頻度の低い修理作業と言えます。

勿論2級の試験内容にテンプの振れ取り作業を付け加えるのは、 なんら不思議では無いのですが、 その場合は必ず持参すべき工具の中に『テンプ振れ見器』を 明記すべきではなかったのではないか?と思います。

試験会場は、カーペット敷きの床であった為に、 試験当日の過度の緊張感に襲われている受験生にとって、緊張の余り、 パーツを飛ばす羽目に陥り床に落ちたパーツを見つけだすのに 時間がかかったという事でした。 当然この様な試験が行われる会場設定には、板敷きの床が理想であります。 板敷きの床の場合には、万が一パーツを落とした場合にも容易に探す事が出来、 時間のロスを防ぐ事にもなります。

実技試験時間は、当初2級6時間、1級8時間と決められていましたが、 1.2級の受験生が決められた時間内に終了した方はほとんど無く、 みんなが時間を延長して作業をしたという事でした。 受験生みんなが、時間内に作業を終了しない、という事は、試験内容に無理がある、 と言わざるを得ません。 (作業時間を延長した場合は減点の対象になると事で、その事でも 受験生にとっては心の動揺が起きたと言っても過言ではないでしょう)

主催者側の試験官が、あらかじめ事前に試験課題に取り組んで作業時間以内に 果たして出来るのかどうか? 十分に確認すべきであったのではないか?と思います。

今後、メカ式腕時計の修理が全国的にかなりの数に上っていく傾向があるため、 メカ式腕時計の修理職人を早急に育て上げる為にもこの長野県、 時計職人技術試験が真に世間から認められるべく、 主催者側の皆さんには大変なご苦労をお掛けする事になると思いますが、 若い時計職人を育て上げる為に頑張って頂きたい、と思っています。 (資格取得試験が大学受験のように受験生を選びふるい落とすための試験ではなく 、皆が合格する為に指導するようにありたいものです。)

また受験生には、試験終了後、合否の連絡がありましたが、 試験教材の腕時計の返還がありませんでした。 受験生は受験費用を払っているのですから、 当然試験教材の腕時計は受験生に帰属するものと思われ、 返還していただきたいと思います。 返還された教材を再度、修理し見直す事により、受験生の技術もさらに 上達してゆくのではないか、と思います。

小生も技術試験を受けた時、試験教材の腕時計は全て返還していただき、 受験の記念として大切に手元にのこしてあります。 また、採点の基準の方法が適切では無いと思われ、受験生各自が納得する 客観的な評価で合否判定をしていただけたら、と希望します。

主催者側の試験官の諸先生方も小生のこの、『時計の小話』を読んでおられるとの事、 光栄な事と存じますが、非礼な表現もあったかもしれませんが、 受験生の立場にたって、来年度の試験から、 適切で公平な技術試験になるべき、関係者諸氏の方々には 努力して頂きたく思っています。

●時計の小話 第276話   現行の傑作自動巻ムーブメント●

現行の自動巻ムーブメントの、秀逸なキャリバーと言えば、 まずすぐに頭に浮かぶのはロレックスのCal.3135(ブレゲ巻き上げヒゲ採用)と、Cal.3130(平ヒゲ採用)でしょうか。 他に、いろんなスイスの高級ブランドの自動巻腕時計に多く採用されている 汎用ムーブメントにETA2892-A2があります。

思いつくままに、ここに数年有力時計メーカーが、出した自動巻腕時計の傑作ムーブメントを、並べてみたいと思います。 やはり、まず国産のGSに搭載されている、Cal.9S55でしょう。 このムーブメントは、毎時28800振動でGS規格、日差-3〜+5(静的精度)に 収められている高精度を発揮する、ムーブメントです。 このムーブメントはセイコーのフラッグ・シップのGSに搭載されているだけに セイコー社が満を持して出してきた腕時計と言えるでしょう。

ピアジェ社が生産している、Cal.504Pは、薄型自動巻ムーブメントで、 パワーリザーブは40時間を保ち、毎秒6振動のロービートながら、 高精度超寿命設計のムーブメントに仕上げています。 メーカーの話によると、このムーブメントを製作するには、 800以上の作業工程が必要とされいかに念入りに作られているムーブメントであるか、 判るというものです。

IWCの腕時計は、ベースにETAの自動巻ムーブメントを搭載している時計が 多いのですが、その中で、かつてのインターナショナル時代の名機を、 彷彿とさせるキャリバーが開発されています。 Cal.5000がそれで、7日間のロングパワーリザーブで、このムーブメントを 開発するにあたり、4年半という、長い期間を必要とされたことを思うに付け、 いかにIWC社がこのムーブメントに対して、入れ込みの強さが判るというものです。

この自動巻はインターナショナルが、初めて考案したベネトン方式を 再登場させていて、見るからに、懐かしさがこみ上げてくる造りになっています。 IWCファンには見逃せない時計になっています。

オーデマ・ピゲ社の傑作自動巻ムーブメントに、Cal.3120があります。 このムーブメントは、パテックフィリップがお家芸としている、 ジャイロマックス式テンプを採用しており、カレンダー機構はデイトジャスト式で パワーリザーブは、60時間を保つという優れもののムーブメントで、 毎秒6振動のロービート式です。

ここ数年、機械式ムーブメントで、目を見張る新作を次から次へと開発している 時計メーカーにショパール社があります。 中でも、Cal.LUC1.96は、ツインバレル方式のオートマで、マイクロローターを 搭載している為に、薄型でありながら、パワーリザーブが65時間という 優れた美しいムーブメントです。 マニュファクチュールの一員でもあるジラールペルゴ社も、 ムーブメントの厚さ3.28mmの薄型自動巻Cal.GP3300を開発しており、 このムーブメントを採用して、ビッグデイト、ムーンフェイズ機能を 併せて持たせています。

最後に、宝石の様な、煌めきを持つ自動巻ムーブメントに、 ランゲ&ゾーネ社が出している、Cal.L921.4があります。 昔懐かしいスワンネック型の緩急針を採用しており、 四方に散りばめられた青ネジがサファイアの様な光芒を放っていて、 見る物の目を奪ってしまう程の完成度の高い極め付きのムーブメントと言えそうです。

これらのムーブメントを搭載した時計は、どれも100万円以上する代物ですので、 おいそれと誰もが簡単には入手出来ないのが、非常に残念な事ですが、 これらと同等の造り映えをしているロレックス社のCal.3135が いかに良心的でお値打ちに作られているか判るというものです。

●時計の小話 第277話   不思議な事●

神奈川県のK様から、お母様の愛用されている、 アンティーク・インターナショナル手巻婦人用腕時計(Cal.41 17石 ムーブo.1604943) (http://www.isozaki-tokei.com/syuri-iwc.htm) の修理依頼を受けました。

このムーブメントは、以前にも十数回以上OHした経験があります。 かつてのインターナショナル社のイメージ通り、手抜きした所が全く見つけられない 完璧な造りがされている機械です。 婦人用手巻き腕時計で、ここまで、完璧に作られたムーブメントを内蔵している 腕時計を新品で入手する事は、現代では、大変難しいことになっています。

近年ドイツのランゲ&ゾーネ社が、婦人用手巻き腕時計『グランド・アーケード (定価1,950,000円)』を発売しましたが、これに搭載されている、 ムーブメントに劣らない程の造りをされている腕時計です。 造り映えも少し似ている感じがします。

オーバーホールを完了し、ケースを超音波洗浄で洗いましたところ、 裏蓋に日本の大蔵省造幣局シンボルの日本国旗のマークと、Pt900と、 刻印されていて驚きました。 スイス製腕時計で貴金属を素材として、ケースを作られている場合、 K18イエローゴールドとK18ピンクゴールドがメインです。 白色貴金属ケースはほとんどが、K18金ホワイトゴールドを素材として作られています。 まれにプラチナを素材としたケースも無い、という事はありませんが、 非常に珍しいものです。

日本に、造幣局検定マークがあるように、スイスにも、各州に 『ホールマーク認定検査局』があります。 各州毎に、特徴のある女性の横顔の刻印がケースの裏側に押さえ刻んであります。 このK様のアンティーク・インターナショナルに、 スイスのホールマーク認定検査局の印が無いのが不思議な気がしました。

恐らく、日本女性は昔からホワイトゴールドよりも、プラチナの嗜好が強い為に、 あえて日本人女性向けに、あくまで想像ですが100本ないしは、200本を制作して、 このケースの検定依頼の為に日本大蔵省造幣局に持ち込んだものと推測しています。 非常に、まれなパターンではないか?と思っています。

日本大蔵省造幣局は、ある貴金属メーカーから聞く所によりますと、 検定依頼を受けた商品が100本あるとしますと、 無作為に2、3本取り出して、それを溶解、分析して、それ相応の純度が適量に 含有されているか調べるという事です。 無作為の2、3本を調べてそれが適切な場合、残りは間違いないと判断して 刻印するシステムです。

プラチナ加工技術に於いて、日本の加工技術レベルは世界トップクラスなので、 日本でこのインターナショナルのケースを当時の日本輸入総代理店、 シュリロ・トレーディング・カンパニー・リミテッドが日本女性向けに、 日本でこのケースを作った事も考えられない事は無い、と思います。 それにしても面白い不思議な事実でした。

●時計の小話 第278話   オメガ・シーマスター No、1●

ダイバーズウォッチと言えば、すぐにみなさんの頭に思い浮かぶのは、 オメガ・シーマスターとロレックス・サブマリーナだと思います。 弊店の修理履歴を見ていただいても、オメガ・シーマスターが、 日本の方にいかに多く愛用されてきたか、解っていただけると思います。 四方を海に囲まれた海洋国家、日本の国民にとって、ランドマスター系よりも、 シーマスターやサブマリーナに人気が集まったのも頷けます。

海への憧憬が強い国民性の日本人にとって海馬シーホースをシンボルマークにした オメガ・シーマスターを持つことは自己満足以外にも優越感を味わえたのでしょうか。 数あるダイバーズウォッチの中で、オメガ・シーマスターと ロレックス・サブマリーナは東西の横綱を張る大看板に相違ありません。

オメガ・シーマスターは、1948年にハーフローター方式の自動巻キャリバーCal.341を 搭載して初めて世の中に登場しました。 (ロレックス・サブマリーナはオメガ・シーマスターより遅れて1953年登場でした。) 当時としては、水深60mに対応する防水性能を備えていました。 発売当初から、シーマスターには、いろんなバリエーションの腕時計が次から次へと 登場して世界中の時計ファンを魅了しています。

自動巻(オートマチック)もあれば、手巻き(マニュアル)もあり、 センターセコンド方式もあればインダイヤルにスモールセコンド方式も 採用されていて、ユーザーの好みにあった腕時計を 選択出きるのも、人気を博した一因なのかもしれません。 何よりもデザインだけではなく搭載されているムーブメントが 他社時計メーカーよりもダントツに勝れていたからでしょう。

現行のオメガ・シーマスターには、Cal.1120(23石、ベースムーブメントETA2892A2)を 搭載しているものが多いです。 かつてのシーマスターに搭載されているムーブメントで、非常に優れた名機が 存在したので読者の方にお知らせしたいと思います。

手巻きの30mmキャリバーのCal.284(18000振動、17石、1955〜1959年製造)、 Cal.285(18000振動、17石、1958〜1961年製造)、Cal.286(18000振動、17石、 1961〜1963年製造)等は、ブレゲ巻き上げヒゲを採用していて、特にCal.286は 1963年の天文台クロノメーター・コンクールで最高の精度記録に輝いた 栄光の腕時計です。

これらのムーブメントを搭載した、オメガシーマスターはアンティーク市場で、 最近、爆発的な人気を博し、なかなか手の届かない高価格に、なっているのが 現状です。 (e−beyで安く買っておられる知人もいますので参考にして下さい) オメガ・シーマスターの自動巻キャリバーでつとに有名なのは、 Cal.560台のムーブメントシリーズでしょうか?

その中で最終ムーブメントモデルCal.565(24石、19800振動、1966〜1973年製造)は、 地板を赤色金メッキされた、耐久性のある美しい高精度が出るムーブメントで、 今なお、多くの人に愛用され続けている自動巻腕時計です。 1970年代になりますと、28800ハイービート振動のCal.1010、1012(1973〜1983年製造) が登場しました。 このムーブメントは、部品総数が多く、各パーツも繊細で薄型・小型化 されている為に、修理するのに高度な腕前が必要とされる、 ムーブメントであったのではないか?と思います。 (Cal.1010はクォーツの黎明期に重なったために、余り売れなかったのではないか と推理しています)

若い人達に圧倒的な支持を受けているオメガ・スピードマスターも、 シーマスターから派生的に誕生した事を思えば、現代のオメガの隆盛は 過去のシーマスターのおかげだと言えなくも無い、と思わざるを得ません。 それ程、シーマスターはオメガ社の代名詞になっている時計です。

●時計の小話 第279話   オメガ・シーマスター No、2●

オメガ・シーマスターの多種多様なシリーズの中で、過去に優秀なモデルが あったので、読者の皆様にお知らせしたい、と思います。 メカ式アラーム機能付き腕時計と言えば、ジャガールクルトのメモボックス、 バルカン・クリケット、国産ではセイコー・ビジネスベルマチック、 シチズン・アラーム等が、有名ですが、オメガにもシーマスター・メモマチック という腕時計が存在しました。

このメモマチックは、クロノグラフ製造で有名なレマニア社から、 ムーブメントの供給を受け、1970年からオメガ社で発売されました。 このCal.980は、非常に精密度が高い機械で、アラームの開始時刻を設定された 1〜2分の誤差以内でセットする事が可能でした。 それまでのメカ式アラーム腕時計のアラーム時刻の正確さは、 3〜5分が許容範囲だった事を思えば、いかにオメガのメモマチックが 正確に作られていたか、解っていただけると思います。

当初のオメガシーマスターは、どちらかと言えば、薄型に作られていて、 その大きな要素にワンピース・ケース(ユニコック・ケース)が 採用されていたからです。 このシリーズは、シーマスター・コスミックとネーミングされたりして、 ビジネスマンによく似合うシンプルな時計として人気を博しました。

風防の外端周囲には、わずかなミゾが削られていて、 エクストラクター専用工具でいとも簡単に風防の取り外し、及び交換が出来ました。 アンティーク・インターナショナルにも同じ様なワンピース・ケース方式が 採用されていて巻き真が中央で二本に別れる、ジョイント方式をオメガ社も 採用していました。

シーマスターにも、クロノグラフモデルがありましたが、 セカンドモデルは、Cal.321を改良して、1968年にCal.861を搭載して、 発売されました。 このキャリバーはレマニア社の著名な時計技術者・アルベール・ピゲ氏が 創り出したものでした。 このムーブメントは、現行のスピードマスターにも引き続き伝承され、 今日でも最高のカム式クロノグラフ・ムーブメントとして歴史に名を残しています。 この頃のシーマスター手巻きクロノグラフのデザインは、今でも通じる斬新な デザインでカラーを多く取り入れ、復刻版が出れば、オメガファンでなくても、 かなりの人気を得るものと思っています。

シーマスターの発売当初は、 水深60M防水が基本性能でしたが、その後、 シーマスター120や、シーマスター200、へと自然な成り行きで防水性能が 徐々に高まっていきました。 ファーストモデルのシーマスターには、名機で有名な自動巻Cal.560番台 (特に562,564,565)が搭載されていましたが、それ以降は、高振動の繊細な ムーブメントCal.1002、1012、1020等が搭載されだしました。 1970年に発売された、シーマスター600プロプロフを遙かに凌駕する、 シーマスター1000Mプロフェッショナルは、1971年に発売され、 オメガの最高度の超防水性能を誇る腕時計として、オメガ社の歴史に燦然と 輝いています。 いろいろと書いてきましたがオメガ社の技術開発能力の甚大さには あきれるばかりでした。

●時計の小話 第280話   オメガ・シーマスター No、3●

手巻きのシーマスタークロノグラフが、登場して後、1971年〜1978年にかけて Cal.1040  28800振動を搭載した自動巻のシーマスター・オートマチック・ クロノグラフが世の中に出てきました このクロノグラフは3時位置に、瞬間日付変更するカレンダー窓があったので、 60分積算計のインダイアルが設置できず、ポインターデイト方式の先端が クロスの形をした先端が赤色針で分表示をしていました。

クロノグラフは、一般的に三ツ目が多いのですが、このクロノグラフには インダイアルが二つしか無い、という個性的な顔をしていました。 発売後、30年以上経過しているので、クロノグラフ機構のパーツが入手出来ない為に、 輸入元サービスセンターでも修理は出来ない状態になっているのが、 残念な点であります。

このシーマスター・オートマチック・クロノグラフには、120m防水モデルも発売され、 当時のスポーツを愛する若人には、熱烈な支持を受けた腕時計でした。 1970年以前ののオメガ社のメカ式腕時計の完成度はセイコー社のかなう敵では無く、 世界の中でロレックスと共に圧倒的な地位を得ていました。 しかし1969年にセイコー社がクォーツ・アストロンを発売するにあたり、 精度の面で今までセイコーよりもかなり上位にいたオメガ社であっても クォーツの精度に敵わず、オメガ社も腕時計のエレクトロニクス化に 一路驀進したのです。

オメガ社がまず、目をつけたのが、国産のシチズン社と同じ様に、 音叉式腕時計でした。 セイコークォーツに遅れる事一年、1970年に音叉式腕時計、 シーマスター・エレクトロニック f300Hzを発売しました。 この、シーマスター・エレクトロニック f300Hlzは、 1960年にブローバ社が発売した音叉式腕時計アキュトロンから技術供与を受け、 オメガ独自の音叉腕時計に改良して、Cal.1250を搭載して、発売されました。

この、オメガ音叉式腕時計の機械は、赤金色メッキを地板に施し、 時計職人をうならせる素晴らしい出来映えの音叉式腕時計でした。 1973年には、Cal.1250をさらに高振動化させ、 オメガシーマスター・メカソニック 700Hzを開発し、発売致しました。 このオメガシーマスター・メカソニック 700Hz(Cal.1220)は ブローバ社アキュトロンを開発した天才時計技師、マックス・ヘッツェル氏が スイス電子時計センター(CEH)に移籍して、新開発したムーブメントで、 以前の音叉式腕時計の精度よりも遙かに上にいっていた上級音叉時計でした。

この様に、オメガ社は音叉式腕時計に固執して素晴らしい音叉式腕時計を 世に問いましたが、クォーツの廉価版が出てくるにあたり、 到底コストと精度の面で立ち向かう事が出来ず、 短命に市場から消え去る運命を背負っていました。 このことはシチズン音叉式腕時計・ハイソニックが短い期間に消えていった運命と 同じ道を辿りました。 現在でも、オメガ音叉時計を所有している人は極めて少ない人だろうと、思います。
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