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国際時計通信『水晶腕時計の興亡』
時計の小話
続・時計の小話
121話〜140話

●時計の小話 第21話(CMW公認高級時計師試験について)●

CMWとは英語で『Certified Master Watchmaker』の略です (英語では時計職人のことを『Watchmaker』と言います。つまり、旋盤(レース)を駆使して天真・巻真等をマイクロメーター、アキシャルマイクロメーターで測定して正確に復元できる技量を持った人を差します)。
アメリカの時計技術試験には、CW試験(初級)とCMW試験(高級)があり、後者は世界的に権威のあるものです。

労働省が褒賞する『現代の名工』は多田稔先生・宮脇先生のように、多数のCMWで占めら れています。
昭和29年に米国時計学会日本支部を創立し、第1回のCMW試験が日本で行われ、 2名(角野常三先生・末和海先生)の合格者が出ました。
それから毎年行われ、毎年20〜30名の合格者を輩出し、昭和56年までの27年間に800名の人がCMWの称号を獲得しました。

当初、時計技術指導員(職業訓練指導員)の大多数を占めていたCMWが、国家検定技能試験の受験者の講習を受け持っていましたが、受講生から「1級時計技能士を合格していな いのに」と言う声を聞き、あえて1級時計技能士を受け、満点で合格し、特別知事賞を受賞 したCMWは、行方二郎先生・小原精三先生等多数おられます。

CMW試験は時計技術試験の最高峰に位置するもので、学科試験1日・旋盤作業試験 (天真・巻真別作)1日・実技試験3日(19セイコー懐中時計・シチズン自動巻腕時計) の延べ5日間にわたり、700点満点で490点以上の者が合格します。
特に実技試験は難易度の高いもので、故意に滅茶苦茶に壊されている19セイコー懐中時計 (当時の価格6500円)を天真別作して入れ替え、ヒゲゼンマイが重力誤差を受けない ように理想的な内端曲線に理論通り修正し、ヒゲ棒・ドテピンの別作、アンクル爪の調整等をして、クロノメーター規格以上の精度を求めるものでした。

最近のクォーツの普及のためCMW試験は現在中断中ですが、機械時計の復興とともに若き時計技術者が増えてきている今、将来的にはCMW有志を集めて、CMW試験を再開 したいという希望を私は微力ながら持っております。

●時計の小話 第22話(世界の時計産業について)●

1998年の統計資料によると、全世界の腕時計の生産個数は約13億個です。
内訳はアナログクォーツ腕時計:約9億個、デジタルクォーツ腕時計:約3億6千万個、機械式腕時計:約3千2百万個です。
機械式腕時計の復興が最近めまぐるしいのですが、それでも総数から比較すると 24/1000です。
と言うことは、100人の人が腕時計をはめているとしても、わずか2人しか機械式腕時計をはめていないことになります。

国別の腕時計の生産個数を見ると、やはり日本がトップで約5億7千万個、次いで香港が約2億9千万個、時計王国のスイスはわずか9千6百万個までに減少しています。
その他諸国(中国・ソ連・インド・米・マレーシア)が合計で約3億4千万個です。
スイス製腕時計をはめている人は、100人に1人満たない数にまで減っています。
しかし、スイス製腕時計をはめている人はおそらくマニアック的な購入者が多いので、1品あたりの単価はかなり高い物と思います。

日本のメーカーはセイコー・シチズン等を合わせて約6億3千万個のムーブメントを製造していますが、国内完成品腕時計は少なく、約2千8百万個で、海外完成品腕時計は約8千9百万個です。

時計の小話 第23話(幻の名機・セイコー製市販天文台クロノメーターについて)

メーカー同士の時計の精度を競う天文台主催のコンクールが以前ありました(詳しくはVol.1をご覧下さい)。
しかしクロノメーターの規格に入っても、その時計は市販されませんでした。
なぜなら、そのコンクールの期間中だけ精度を維持すればよく、何年もの耐久性・人が腕 にはめたときの衝撃性等が重用視されていなかったからです。

ごくまれに、天文台クロノメーターの認定を受けた腕時計を市販したメーカーがありました。
それは、有名なマニュファクチャルのジラール・ペルゴーと米国のウォルサム懐中時計です。
昭和初期に発売されたウォルサム天文台クロノメーター懐中時計は当時の価格で1000円で、今の値打ちでいうと、1戸建ての家が買えるぐらいのとても高額なものでした。

セイコー舎が1969年にスイスのニューシャテル天文台コンクールに100個の手巻き式腕時計を検定に提出し、その中で規格にパスした73個の天文台クロノメーター手巻き式腕時計を18金ケースに入れて当時の価格で18万円で市販しました。
今の値打ちでいうと80万円ぐらいだと思います(ウォルサムと比較して非常に安いと 思います)。
その73個は発売と同時に購入者が殺到し、瞬時に完売されたと伝え聞いてます。
今でも日本全国で73個のとても希少価値のある、セイコー天文台クロノメーター手巻き式腕時計を持っておられる人がいることは、業界人としてとても羨ましいです。
このメールマガジンをご覧になっている方でその時計をお持ちの方は、 是非私に修理の依頼をしていただきたいと熱望しています。

なぜそんなに私が大げさに(1つも大げさではないのですが)この時計のことを褒めちぎるのかと疑問に思われるかもしれませんが、その時計は機械式腕時計では想像を絶する精度を保有しているからです。
ちなみに日差は0.175秒で、並の水晶腕時計よりも精度がいいのです。
高級機械時計の精度の目安となる最大のポイントの最大姿勢平均偏差が、なんと0.776秒なのです(以前、日本に存在した日本クロノメーター検定協会の優秀級クロノメーター検定基準は日差が−3〜+8秒で、最大姿勢平均偏差はなんと12.0秒なのです。現在売られている ロレックス・ゼニス・IWCもこれぐらいの精度基準だと思います)。

日本の時計ファンなら多分ご存じかもしれませんが、私も以前ジラール・ペルゴーの10振動のハイビートの自動巻腕時計を分解掃除しましたが、その時計もセイコー天文台クロノメーター手巻き式腕時計と何ら遜色のない精度を保有していました。
私が30年間修理してきて最高の精度を発揮した時計として、とても鮮明に覚えています。
日差はほとんど0.1秒に近かったと記憶しています。
後日、その話は読者の方にお話ししたいと思います。

●時計の小話 第24話(米国の時計メーカーについて)●

米国にはブローバ・ハミルトン・ウォルサム・ベンラス・タイメックス・エルジンの6社があります。
音叉式腕時計を開発したブローバは米国で時計を生産してましたが、スイスの名門ユニバーサルを吸収合併し、生産拠点をスイスに移しました。

ハミルトンはエレクトリック接点式の腕時計を他社に先駆けて開発し発売しましたが、その後スイスのビューレンを吸収合併して、スイスに本社を移転しました。

鉄道懐中時計で有名なウォルサムは宝飾時計へと高級化しています。

マルマンが日本輸入代理店として販売したタイメックスは現在でも若い人に人気があり、 よく売られています。

ベンラスは約20〜30年前まで機械式腕時計を日本で発売し、結構人気がありましたが現在ではほとんどの時計店で売られていないのではないでしょうか。
日本時計師会(CMW)とベンラスとは親密な関係にあり、毎年CMW試験でトップ3に合格した若手CMW時計師を時計指導員として留学を受け入れていました。私事ですが、1971年のCMW試験にトップ3以内で合格し、留学できる資格があったのですが、新婚だったため会長飯田茂氏の反対にあい、断念せざるを得ませんでした。
トップで合格した新潟の遠藤勉氏は、それ以降アメリカに永住して活躍されています。

●時計の小話 第25話(機械式船舶クロノメーターについて)●

水晶式船舶クロノメーターは平均日差±0.05秒の高精度の機械で、現在運行している船舶にはほとんど使われています。
しかし過去には機械式船舶クロノメーターが幅をきかせ、高精度の機械の為製作するメーカーは数社に限られていました(機械式船舶クロノメーターは、1760年代にイギリスのジョン・ハリソンが最初に製作しました)。

スイスではユリスナルダン、ゼニス、ジラールペルゴー(1860年代に日差0.5秒の 誤差もない超高精度の船舶クロノメーターを製作)、ブルゲ、アメリカではハミルトン、日本ではセイコー舎が製作していました。

機械式船舶クロノメーターは3つに分類できます。
1.マリンクロノメーター
機械の直径が95mm、デテント脱進機(近年ではほとんど見られなくなりました。この機械の良さはガンギ車の歯に注油しなくても良い点です)、提灯ヒゲを使用  機械式マリンクロノメーターの精度は、日差±1秒以内の高精度です。

2.ボードクロノメーター
機械の直径が43〜70mm、クラブツース脱進機(現在の機械式腕時計のムーブメントは100%クラブツース脱進機です)、巻き上げヒゲ、2日巻

3.デッキクロノメーター
機械の直径が43〜70mm、クラブツース脱進機、巻き上げヒゲ、1日巻

約30年前、ユリスナルダンのマリンクロノメーターが当時の価格で約38万円、 ボードクロノメーターが約20万円、ゼニスのボードクロノメーターが約11万円しました。

マリンクロノメーターは堅牢に機械が製作されている為、メンテナンスは必要ですが50年間ほぼ正確に駆動しました。
古い船舶には、おそらく機械式マリンクロノメーターが搭載されているに違いありません。
乗船される機会があれば、一度ご覧になったらいかがでしょうか。

●時計の小話 第26話(スイスの時計メーカー:ロンジンについて)●

時計の小話の読者様より質問があったのでロンジンについてお話しします。

ロンジンは現在スウォッチグループに入っており、最近、懐古調の魅力ある限定モデルのスクエア型のドルチェヴィーダ(機械は手巻きのムーブメント)が人気があります。

現在、日本ではブランドイメージが以前よりも多少弱くなりましたが、マニュファクチャー時代のロンジンは非常に活発で、オリンピックの公式計時を担当するほどの技術力があり、国際的にも認められていました。
日本にもたくさんのファンがいました。

創業は1867年、スイスのサンティミエで、優に140年の歴史があり、 スイスの時計産業史上欠かすことのできない存在です。

33年前に創立100周年を記念して10振動の高精度のウルトラクロンを発売しました。
これは日本でもロンジンファンにとても多く売れました。
もちろんクロノメーターの精度を保証されていました。
当時の価格で約7万円〜9万円です(大卒の初任給が5万の時代)。

ロンジンの技術力を高く評価していたセイコー舎は一手輸入代理店になったものです (目の高いセイコー舎は、過去においてジラールペルゴーの輸入代理店にもなっていました)。

セイコークォーツよりも発売が少し遅れましたが、ロンジンもウルトラクォルツというネーミ ングの水晶腕時計を発売して、市場に大変うけました。

ロンジンは1930年代からクロノグラフの航空用腕時計を盛んに手がけて発売したという事 は、その当時よりかなりの技術力を持っていたことになります。
私がこの業界に入った頃は、ロンジンと言えば、オメガ、インター、ナルダンと並び賞されるほどの人気と力がありました。
そのことを思うと少し寂しい気がいたします。

●時計の小話 第27話(スイス時計メーカー:ジラールペルゴーについて)●

いよいよ真打ち登場です。
ジラールペルゴーと言うスイス時計メーカーをご存じの方は、本当の時計通と言えるかも しれません。
年間生産個数は2万個ほどですが、極めて優秀な腕時計を矢継ぎ早に開発しています。

歴史は相当古く、1791年に創立し、1880年頃には腕時計を量産した世界最初の時計メーカーです。
1882年にはトゥールビヨン脱進機の付いたムーブメントで、 ニューシャテル天文台コンクールにおいて最高記録で1位になっています。

前回お話ししたように、1860年頃には超高精度の船舶クロノメーターを開発もしています。

1966年には、世界に先駆けて10振動のハイビートの機械式腕時計を開発して発売 しました。
また翌年には、市販の高振動腕時計をニューシャテル天文台のクロノメーター検定で662個の時計を合格させました。
この数字はこの年の腕時計の全合格総数906個の73%を占める素晴らしいものでした。
天文台コンクールと言えば、普通はそのコンクールだけの為に設計し、卓出した技術者が時間をかけて特別調整したプロトタイプを出品するのが普通ですが、ジラールペルゴーは通常の量産された市販の腕時計を、わずか3人の調整者のみで出したのです。
このことは、設計段階に置いて極めて高精度の出る設計がなされた証でしょう。
また、1872年にトゥールビヨン脱進機の付いた懐中時計を製作したと言うことは、 技術的に歴史のある時計メーカーであることを証明すると共に、スイス時計におけるジラールペルゴーの地位の高さを物語る物です。

最近のジラールペルゴーの活躍も、素晴らしいものがあります。
新開発のスリーゴールドブリッジ付きのスモールトゥールビヨン腕時計や、1999年には自動巻のスプリッドセコンドクロノグラフを開発して市場に出しています。

私もジラールペルゴーの3万6千振動の高精度の腕時計のオーバーホール依頼を受けた時、分解掃除したのみで驚くような精度が出たことを今でも鮮明に覚えております。
どんな時計(ロレックスさえ)でも、オーバーホールした後、時間微調整のために ヒゲゼンマイ・天府のミンタイムスクリューをいじるのですが、全くそれなしでいとも簡単に超高精度に修復したことに、時計師としてその設計力に驚きました。

上記のことを読まれれば、ジラールペルゴーがスイスの時計メーカーの中で名門中の名門と過言しても不思議ではないと思われるのではないでしょうか。
ロレックスは確かに素晴らしい時計ですが、ジラールペルゴーが日本でももっと売れても おかしくはないと思います。
これからスイスの高級腕時計を購入予定の人は、ジラールペルゴーを一度考えてみては いかかでしょうか。

●時計の小話 第28話(時計旋盤作業について)●

アンティーク腕時計で天府に耐震装置(インカブロック・ダイヤショック)等が付いていない物は、落とした時に天真が曲がったり折れたりします。
部品のストックがメーカーに無い場合、当店では別作して修理します。
巻真の場合は許容誤差もあまく、硬度も厳しくはないのですが、天真の場合はそういう訳には いきません。
極小の場合、長さ2mm前後になり、天真のホゾの直径は0.06mm位になります (人間の髪の毛の太さは、個人差はありますが大体0.08mm位です)。
許容誤差は千分の5mm以内におさえなくてはなりません。
焼き入れ済みのスチールを再度、業務用のバーナーで焼き入れし、油の中に入れてある程度の温度まで高めて焼き戻しをします。
その事によって、天真の硬度の適切なビッカース硬度600になってから、旋盤にて切削して天真を作ります。
私は超硬バイトは一切使いません。
切れ味はいいのですが切削面が非常に汚いため、自作のスチールバイトを何度も焼き入れ して、とても切れ味の良くなったバイトで作業しています。
スチールバイトで製作すると、切削面が非常に美しくなります。

最重要点のホゾの研磨はとても神経を使います。
最初に荒仕上げの磨きをした後、スイスベルジョン製の人工サファイヤで最後の研磨仕上げを します。
寸法はマイクロメーター・アキシャルマイクロメーターで測ります。
私は1本の天真を作るのに、最低でも2時間はかかります。
時計の本を読んでいると、10分で天真を作る熟練の技術者がいる自慢話が出ますが、寸法・硬度を考えれば、とても出来る相談ではありません。
天真の最適硬度:ビッカース600を切削する技術は大変なものです。
柔らかい焼き入れスチールを切削するのは簡単ですが、硬度が無い為、少しのショックで曲がる危険性があるのです。
懐中時計は耐震装置が付いていない物が多いため、天真入れ替え作業はよくあります。
読者の方で、もしそのような故障があれば、当店へ御相談ください。

●時計の小話 第29話(近代の天才的時計師について)●

奈良の女性読者からの質問があったので、ジョン・ハリソンの事について詳しくお話ししたいと思います。

『イギリスの天才的時計師』
ジョン・ハリソンは元々器用な大工でしたが、時計に非常に興味を持っていたため、1725年に独自で、すの子型補正振り子を発明しました。
その時代は大航海時代で、正確な経度を測定するために高精度のマリンクロノメーターを必要としていました。
イギリス議会は、高精度のマリンクロノメーターを製作した時計師には、当時のお金で2万ポンドという高額な賞金を授与すると公表していました。

1発奮起したジョン・ハリソンは、ついに1735年に第一号のマリンクロノメーターを 完成したのです。
何度もの改良を重ねた結果、第四号のマリンクロノメーターは、五ヶ月間の航海の間、何と65秒しか狂わなかったのです。
平均日差にすると、0.43秒という超高精度のクロノメーターでした。
その業績を高く評価したイギリス議会は、彼に2万ポンドの報奨金を与えました。
現代の貨幣価値で言うと、数億円以上の価値があるでしょう。
イギリスが大植民地政策をとれたのも、少なからず彼のマリンクロノメーターのおかげだと思います。

時計の父と言われているのはトーマス・トンピョンです。
その弟子はジョージ・グレアム、またその弟子がトーマス・マッジです。
この3人が近代の時計技術の発達に貢献した偉大な天才的時計師です。

グレアムは1715年に直進型脱進機・水銀補正振り子を発明しました。
直進型脱進機を用いた柱時計は、10数年前の国産ゼンマイ式柱時計に使われていました。
セイコーのカレンダー付き30日巻柱時計(4PC型)は、今でも使われている方がおられると思います。
この柱時計は直進型脱進機の名作中の名作です。
大切に使えば、優に50年以上使用に耐えられる機械です。
我が家の居間にも現在でも正確に動いています。
月差1分以内の正確さです。

マッジは1760年に分離式レバー脱進機を発明しました。
これが現代のクラブツースレバー脱進機のルーツです。
もし彼が現在生存していれば、ノーベル賞を授与されていたに違いありません。

『他の国の天才的時計師』
ドイツ人クレメントは1673年に退却型脱進機を発明しました。
この原理は、明治・大正・昭和の掛け時計にほとんど使われていました。
セイコー舎のボンボン1週間巻掛け時計は、ほとんどこの退却型脱進機でしたが、 直進型脱進機にとって替われました。

ホイヘンスは1675年にヒゲゼンマイと天府を発明しました。
この発明により、人が携帯できる懐中時計が開発されたのです。

次回は、フランスの天才的時計師についてお話しします。

●時計の小話 第30話(世界の4大高級宝飾時計会社について)●

世界の4大高級宝飾時計会社は、オーディマピゲ・バセロンコンスタンチン・ パティックフィリップ・ピアジェです。
時計職人が1個1個手作りで時間をかけているため、各メーカーとも腕時計の年間製作個数は1万個前後で、グランドコンプリケーション(複雑時計)も製作できるほどの高度の技術力を持っています。

私がこの業界に入った頃は、上記のメーカーの腕時計を持つ人は王侯貴族かごく限られた 一部の富裕者層の人たちでした。
しかし日本も豊かになり、少し無理をすれば手に入る価格になりました。
こんな小都市の私の店でも、ときたまオーディマピゲの50〜100万円の手巻き腕時計が売れます。
中の機械を見ると、芸術品と言えるほどムーブがキレイな模様で磨かれています。
見事としか言いようがありません。

オーディマピゲは最近、ジュールオーディマ均時差表示付きサンライズ&サンセット永久 カレンダー付き腕時計を発表し、センセーショナルをおこしました。
歌舞伎の中村吉右衛門さんも大の機械式腕時計のファンで、上記の4大メーカーに匹敵するブレゲの手巻き腕時計やブランパンのトゥールビヨン腕時計を所有されているそうです。
読者の方でも、おそらくこの4大高級宝飾時計をもっておられる方がいると思います。
次回は個々のメーカーについて詳しくお話しします。

●時計の小話 第31話(フランスの天才的時計師について)●

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『ピエール・ル・ロワ』
フランスでの著名な時計師は、ピエール・ル・ロワでしょう。
彼は1748年にマリンクロノメーターに使用されているデテント脱進機を発明しました。
前回お話ししましたハリソンのマリンクロノメーターは、機構がとても複雑で高価であった為、 ピエール・ル・ロワのマリンクロノメーターに1770年頃、取って代わりました。
また、温度補正の為に誤差を出来るだけ少なくする切テンプも発明しています。

『アブラハム・ブルゲ』
かの有名なアブラハム・ブルゲは、1800年に重力誤差を受けにくいトゥールビヨン脱進機、 1820年に腕時計の巻き上げヒゲゼンマイを発明しました。
現在の高級腕時計(ロレックス・IWC等)には巻き上げヒゲが今でも使われており、 高精度の歩度が出る象徴でもあります。
ブルゲブランドの腕時計も復活し、高級腕時計分野に置いて名声を博しております。

『ヒリップス』
彼は1861年に巻き上げヒゲゼンマイの終末曲線の理論を完成しました。
その彼の業績をたたえて、終末曲線をヒリップス曲線と呼ぶようになりました。
彼の理論通りの曲線を採用することにより、巻き上げヒゲゼンマイを搭載した腕時計の歩度の精度が飛躍的に良くなりました。

『近代における他の天才的時計師(フランス以外)』
・ロスコフ
1868年にピンレバー脱進機を発明して、低価格の懐中時計を発売しました。
この機構は、水晶発振式のクロックやエレクトロニックのトランジスタクロックが出現するまで何十年もの間、置き時計・目覚まし時計市場に採用された息の長いものでした。
代表的な物はセイコーコロナ目覚まし時計等で、中高年の方は懐かしいのではないでしょうか。
またスイスのメーカーもこの機構を採用して安物の腕時計を生産し、日本に販売のなぐり込みをかけましたが、日差が2〜3分ほどの誤差が出るため、几帳面な日本人の性格には合わず、あまり売れなかったものです。

セイコー・シチズンもスイスのピンレバー腕時計に対抗して、7石入りのクラブツースレバー脱進機の腕時計(セイコートモニー・シチズンキンダータイム)を発売し、市場に問いましたが、こちらの方が精度(日差30秒〜50秒)が良かった為、かなり売れた記憶があります。
その為にスイスのピンレバーはあっという間に駆逐されました。

・チャールズ・エドワード・ギオーム
時計業界でノーベル賞を授与した人がただ一人います。
その人がギオームです。
1898年にインバー金属(温度が変化しても伸縮しない合金)、1913年にエリンバー金属(温度が変化しても弾性が変わらない合金)を発明して、ノーベル物理学賞を受賞しました。
この発明が天府等に採用され、温度変化に影響されにくい調速機が出来たのです。

 ・リーフラーとショート
最高の精度とされている地球の自転の精度(1日に千分の一秒の誤差)を上回る時計は、各国の天文台の標準時計となっている原子時計です。
原子時計の前は、ドイツ人のリーフラーが発明したリーフラー標準時計が天文台の標準時計でした。
それをイギリスのショートが自由振り子式標準時計に改良しました。

何百年にもわたる、優れた数人の天才的時計師の努力や発明のお陰で、 現在の高精度の機械式腕時計が存在するのです。
クォーツ腕時計は、まだ歴史が約30年と浅く、機械式腕時計と比較して歴史の重さは比較になりません。
最近の機械式腕時計の復興を見るにあたり、一時計職人として非常に嬉しく思います。

●時計の小話 第32話(シチズンの機械式腕時計について)●

セイコー・オリエントは、ここ2、3年機械式腕時計を開発し発売しています。
その点シチズンは、少し出遅れ感があるのは否めないでしょう。
「ザ・シチズン」と言う10年保証が付いている超高精度のクォーツ腕時計を発売していますが、機械式腕時計の高精度の物は、まだ再発売していません。

セイコーと同じように、シチズンもかつては「シチズン・クロノメーター」と言う手巻きの腕時計を1962年に開発し、発売していました。
ムーブは1万8千振動で大型の天府を内蔵しており、長く使用に耐えうる設計がされておりました。
この時計も、シチズンブランドでは幻の名機と言えるでしょう。

その10年後、グランドセイコー自動巻腕時計に対抗するため、「グロリアス・シチズン」と言う3万6千振動のハイビートの自動巻腕時計を発売しました。
読者の方で「グロリアス・シチズン」を知っている方がおられたら、それこそ本当の時計ファンと言えるかもしれません。
この時計もグランドセイコー自動巻腕時計に優るとも劣らない精度を保持していました。
平均日差は−2〜+3秒で、最大姿勢偏差は5.0秒と言う高精度を持っていました。
私はグランドセイコー自動巻腕時計は何度も修理した事がありますが、グロリアス・シチズンは今までに一度もオーバーホールをした事がありません。
時計師として、一度は修理してみたい腕時計の一つです。

時計の小話 第33話(スイス・オメガについて)

日本人にとってオメガは、スイスに数あるメーカーの中でおそらく人気が5本の指に入ると 思います。
腕時計はオメガ、筆記具はカランダッシュ、ライターはデュポンというのが昔の男の夢でした。
手取り月給が5万円くらいの時代に、どれも10万円前後する高価な品なので、 せっせと働いて手にした喜びは無上のものでした。
オメガを腕にして自慢する男達が、かつては沢山いたものです。
ゼニスは欧州で、ロンジンは米国で知名度・人気があり、オメガは世界的に名声を博していました。

天文台コンクールの御三家と言えば、オメガ、ロンジン、ゼニスで、この3大メーカーが高成績を独占しておりました。
オメガの創業は約150年前で、ルイブランが会社を興して時計の生産を始めました。

オメガと言えばスイス時計の高精度のシンボル的な存在で、そのことを裏付ける業績の一つに、1932年のロサンゼルスオリンピックから延べ20回以上のオリンピック公式計時を担当していた事があります。
また、ジュネーブ・ニューシャテルのスイス天文台コンクール、イギリスのキュー天文台コンクールにおいては常に上位の成績にランクする結果を残してきました。
そして1960年代の10年間、スイス公式クロノメーター検査協会が行う機械式腕時計クロノメーターの認定には、オメガ社はいつも過半数近いクロノメータを輩出して、その数は年間10万個数を上回っていました。

そのオメガ社には忘れてならない人がいます。
ジョセフ・オリー氏です。
彼はオメガ社のトップの時計技術調整士で、天文台コンクールに見事な成績をおさめた人です。

オメガ社の腕時計と言えば、トップにコンステレーション、スピードマスター、デビル、 シーマスターが有名です。
オメガのムーブメントは自動巻でも薄型で、ユーザーにも見えない所の地板にも金色のメッキがほどこされるほどの念の入れようで、錆に対する耐久性等を考慮した仕上げがなされており、いともたやすく高精度の出る調速機が搭載されていました。

しかし30年前にセイコークォーツが世界を席巻した時に、スイスの各時計メーカーは大打撃を受け、グループの統合・吸収に激しく動き、オメガ社はSSIHグループのリーダー的存在でしたが、SMHグループの傘下に入ったのです。

私が若かった頃、オメガの腕時計のオーバーホールをした時は、あまりの美しさに感動したものですが、最近のスピードマスター自動巻のムーブメントを見ても、あまり感動しません。
2、30年前のオメガの機械の精巧さ・美しさは、セイコー舎よりも優れていたかなと私は思います。
特にキャリバー269、505は歴史に残る名機でしょう。
オメガ社には以前のように、どのオメガ腕時計でも時計師がケースを開けて感動するような 美しいムーブメントを作って欲しいと願望します。

●時計の小話 第34話(脱進機について)●

腕時計の脱進機(ガンギ車、アンクル、振り座)には大きく分けて3通りあります。
ラチェットツース脱進機、ピンアンクル脱進機、クラブツース脱進機です。
現在ではほとんどの腕時計にはクラブツースレーバー脱進機が使用されております。
ガンギ車、アンクル、テンプを含めて調速機(エスケープメント)とも呼称されます。

クラブツース脱進機は、どのような安価な腕時計でも腕の立つ技術者にかかれば高精度の歩度の出る機構です。
50年前に製造された19セイコー(国鉄職員の標準提げ時計で安定したクラブツース脱進機 を採用)も確かな調整士にかかれば、今でも日差15秒以内に収まります (ゼンマイトルクが低下しているためゼンマイを新品に交換しなければなりませんが)。
但し、ガンギ車のロッキングコーナー、レットオフコーナーが40〜50年間も使用するとさすがに摩耗しているため、衝撃面を油砥石で磨き、ゆるやかな円弧状になった衝撃面を平らにしなくてはなりません。
当然アンクル爪を出し入れして調整し、難しくて面倒なスジカイ試験をガンギ車の歯すべてにしなければなりません。
腕時計になると更に小型になるため作業は困難を極めます。

そのことを考えれば、腕時計の寿命は、毎回分解掃除、手入れが正しく行われたとの条件付きで18000振動のもので50年が限界ではないでしょうか。
10振動のハイビートの腕時計では摩耗が激しく、その約半分の20年が精度を維持する状態の限界でしょう。
アンティーク時計を購入される方は、そのことを念頭に入れて買われたら如何でしょうか。
その点、退却型、及び直進型脱進機を搭載した柱時計、置き時計はメンテナンスをしっかりやり、ゼンマイトルクが弱らなければ、ゆうに80年から100年は使用に耐えられるものでしょう。

以前私は農協の理事長室の置いてあった、数十年ほど前に作られた独逸ユンハンス製のウエストミンスターチャイム重鎮式置き時計を3日間かかって修理しましたが、入歯、 各種ピン別作して、驚くような精度に戻ったことを記憶しております。
旧家の家には、まだまだ使用に耐えうる昔の柱時計、置き時計があるのではないでしょうか。
大切にしたいものです。

時計の小話 第35話(スイス時計 インターナショナルIWCについて)

スイスに本社を構える数ある有名時計メーカーの中で、私はインターナショナルIWC腕時計が 一番好きです。
時計職人でインターナショナルが嫌いな人は1人もいないと思います。
人気ばかり先行して、設計力・技術力が伴っていないメーカーはスイス時計と言えども たくさんあります(あえてメーカー名を言うのは差し控えさせていただきます)。

インターナショナルIWC腕時計の修理依頼受けると、他の時計をさしおいて修理をしてしまいます。
待ちこがれた恋人にやっと出会えたような心境です。
どのようなインターナショナルIWCであろうとも、期待を裏切る事もなく素晴らしいムーブ メントで、修理している時は職人として至福の時間です。

インターは、オメガ、ロンジン、ロレックス、ゼニス、ジラールペルゴーとは違って、 天文台コンクール、及びクロノメーター歩度公認検定局(B.O.検定)には一切タッチしないで、参加・提出しませんでした。
インターの企業姿勢は地味で目立たないのですが、同社は独自で厳しい検査基準を設けて、全ての自社生産する時計にテストして市場に出していました。
その精度は優秀級クロノメーターよりもさらに厳しく、許容誤差は0秒〜+5秒以内というものです。
耐久性・高精度を考慮して、18000振動から19800振動のムーブで、当然巻き上げヒゲゼンマイを採用していました。
簡潔で効率の良い自動巻機構は他のメーカーの追随を許さない代物です (セイコーファイブアクタスの自動巻機構はやや似ています)。
故障が起きにくく、修理しやすく、また高精度が出て、長年の使用に耐えられるものは、 私見ですがスイス時計の数ある中でインターナショナルIWCが一番だろうと思います。
ムーブメントキャリバー8541はインターナショナルIWCの逸品でしょう。

インターナショナルIWCはゆうに140年の歴史があり、意外にも米国人ジョーンズによって創立され、それ以降スイス人による経営がなされています。
工場はライン河畔のシャフハイゼンにあります。

同社の懐中時計は精度が極めて良いので有名で、英国のチャーチル首相も愛用していました。
インターナショナルIWC懐中時計にはこんな逸話があります。
20数年ほど前、スイスの外交官夫人が北京の骨董品店から購入した銀製のIWC懐中時計(ケースナンバー31385)をスイス本社で調べてもらったところ、1887年5月21日に中国に向けて輸出されたものと判明したとのことです。
このことからインターナショナルIWC製の時計はすべてケースナンバーが記録されていると言うことなのです。
尚この懐中時計は本社で分解掃除をしたら、日差+3秒まで復元したとのことです。
100年も前なのに、その頃からいかに高精度の懐中時計を製作していたかの証明でしょう。

インターナショナルIWC腕時計には、インジュニア、ヨットクラブ、ポロクラブ、ゴルフクラブのブランドの腕時計がありました。
現在のインターナショナルIWCの企業活動も盛んで、ダビィンチ、マークXV、フリーガーUTC、 ポルトギーゼクロノを好評発売しております。
もっともっと日本でインターナショナルIWC 腕時計が売れることを、私は心底願っております。
このメールマガジンをお読みの方でインターナショナルIWC腕時計を所有しておられる方は、是非とも弊店に修理依頼していただきたく存じます。

●時計の小話 第36話(時計修理料金について)●

私が30年ほど前この業界入った頃、国産手巻き腕時計の分解掃除は900円で自動巻は1200円でした。
高級舶来品手巻き腕時計は2000円、自動巻は2500円位だったと朧気ながら記憶しております(その頃は、床屋代の3倍が時計修理の適正値段と言われていました)。
貨幣の価値が大きく変わったとはいえ、ずいぶん高くなったものだと思います。

その頃はどの時計店でも1日に5〜6個、分解修理の依頼がきていたのではないでしょうか。
修理の稼ぎだけで一家が飯を食えたもので、時計屋は腕を他店より磨く(昔は分解掃除の事を磨きと言っておりました)事に躍起になったものです。

メーカーも新製品を出す度にその時計の技術講習会を全国各地で開催し、時計屋の技術力に一目おいていたのも事実だと思います。
しかしクォーツ腕時計が登場して以来、修理がほとんどなくなり、技術水準を維持する事なく脱落していった時計店はいっぱいあるのではないでしょうか。
今日では、自店でどんな腕時計でも自信を持って修理できる店はほとんどないのが現状だと思います(店によっては電池交換さえ預かる店があると聞いてビックリしております)。
ますます消費者が時計店離れをおこすに違いありません。
修理を預かったら、国産品ならメーカーに直送して直してもらったり、舶来品なら輸入総代理店のサービスセンターに出している店がほとんどでしょう。

各地方にあった時計材料店も閉鎖して行き、部品の入手がだんだん難しくなってきたのも現実です。
舶来品の修理を依頼受け、部品交換しなければならない場合、材料店に注文しても手に入らない時があります。
一部の輸入総代理店のサービスセンターは、部品だけ注文してもなかなか販売してくれません。
やむをえずその時に限って輸入総代理店のサービスセンター に修理依頼しますが、どう見ても変えなくても良い部品まで変えてしまってくる場合があり、 修理料金をつりあげているなと思うときが度々あります。
修理は、部品交換は最後の手段で、あくまでも現状を回復して直すのが本筋だと私は思って おります。
部品を交換して直すのはただの部品交換屋で、修理屋とは断じて言えません。

輸入総代理店のサービスセンターは、各時計店の技術力を推量して(店が持っている資格等を考慮)部品を供給すべきだと思います。
ある有名なスイス時計のサービスセンターの預かり期間は、今頃では2か月間という途方も ない長さで、どれほどユーザーに迷惑をかけているのかその会社は理解しているので しょうか。
販売数量に見合った技術者を養成すべきか、或いは、もっと日本の時計店の技術を信用すべきではないでしょうか。
ユーザーの皆さんに信用され、輸入総代理店のサービスセンターに負けない為にも日夜、技術の研鑽に勤め、ゆめゆめ手抜き仕事をしては ならないと自らを戒めております。

ある時計雑誌に著名な時計師が告白していましたが、いっぺんに6個の時計の分解掃除を超音波洗浄機にかけると聞いて私は愕然としました。
あってはならない作業を平然となされていることに、あきれ果てて物が言えませんでした。
時計職人、あるいは時計修理のいろんなHPを見てみますと、修理料金があまりにも安いのに出会いますが、はたしてどんな仕事をしているのか疑いたくなります。
20万30万もするスイス舶来時計を修理される方は、良く吟味して修理を出されるべきで、決して値段につられてはいけないと思います。
へたな修理屋に掛かれば、高価な腕時計も 二束三文の時計に変身してしまいます。
地方には現役バリバリのCMW時計師はまだまだおられますので、根気よく探して修理のご依頼をされるべきでしょう。
彼らはプライドがあり、持って生まれた器用さと言う取り柄も ありますが、それよりも大切な、全ての手作業に妥協しないという性格の持ち主なのです。
それでなければ、あの難解なCMW試験に合格するはずはないのですから。

複雑腕時計を除いて、ロレックス等のスイス高級腕時計の修理料金の上限は4万円が限度だと私は思いますが、読者の方は如何思いますか。
弊店では、どんなに部品を交換してもスイス高級腕時計の修理料金は4万円以内で完全修理するように、努力しております。
4万円も出せば、国産でそこそこの良いメカ腕時計が買えるのですから。

●時計の小話 第37話(歴史上、最高の天才的時計師・ブレゲについて)●

トゥールビヨン・巻き上げヒゲゼンマイ・上下振り子式自動巻ムーブ・永久カレンダー・レバー式シリンダー脱進機・ミニッツリピーターのゴングスプリング等、今日でさえ通用し利用されている仕組みを発明したブレゲは、1747年スイスのニューシャテルで生誕しました。
彼こそが世界一の天才的時計師と断然しても誰も異論ははさまないと思います。
ブレゲがこの世に出現しなければ、100年は時計技術の進歩は後れていたに違いありません。

彼の最高傑作(人類が作った最高傑作の時計と言い変えてもよいかもしれません)は、フランスのルイ16世皇后マリーアントワネットから製造依頼された懐中時計でしょう。
1783年に注文を受け、出来上がるまで19年を要しました。
しかし出来上がった時にはマリーアントワネットは処刑されてこの世の人ではありませんでした。
その懐中時計は、自動巻ムーブ・永久カレンダー・均時差装置・温度計・クロノグラフ・細分引打ち・チョウチンヒゲと補正天府、特別設計のレバー脱進機・ 中三針・ショックプルーフ等全てを搭載していました。
ローターのプラチナ以外は全て金を使用していました。
一塊の時計師として、現存しているこの懐中時計を一度は見てみたい物です。
しかし、あまりの超複雑さに目が回るに違いありません。

時計の小話 第38話(スイス時計・ゼニスについて)

1865年にスイスのルロックルで創設されたゼニス社は、クロノグラフの名機エル・プリメロを1969年に開発発売したメーカーとして世界中で有名です。
現在では年間製作本数は約10万個です。

欧州では知名度の高い時計メーカーでしたが、日本では各種時計雑誌の特集で、ここ最近になって噂に上るようになりました。
爆発的な人気が起こったロレックスデイトナに、ゼニス社のエル・プリメロが採用されているために余計に人気に拍車をかけたのでしょう。

日本に最初にゼニスを紹介した貿易会社は卸商の東邦商事で、ゼニスの日本総代理店になりました。
それからリズム時計へ移り、現在は大沢商会が一手総代理店です。

私も30年間で、わずかしかゼニスの分解掃除をしておりません。
と言うことは、日本では過去においてあまり販売実績がないのかもしれません(ラドー、テクノス、ウォルサム、ユニバーサル、エニカ、オメガ等は数え切れないほどしましたが)。
しかし機械式ボード・クロノメーターや懐中時計を製作するメーカーだけに、非常に良い機械 だったことを鮮明に記憶しております。

30年前のゼニスキャプテン4615SS自動巻腕時計が75000円、と高級時計の範疇にはいる価格帯でした。
ほとんどのゼニス腕時計が 5万円以上だった記憶があります(大卒初任給5万円の頃)。

また、ニューシャテル天文台コンクールの常連で、いつもトップクラスに成績をおさめておりました。
名機エル・プリメロCal3019は36000振動で、クロノは10分の1秒まで計測可能な 31石の自動巻でした。

ただ、悲しいかな、発売された1969年は時計業界の大変革期(後日詳しく説明します)で、クォーツの大波に淘汰、消え去る運命だったのです。
腕時計の電子エレクトロニック化に立ち後れたスイスの各時計メーカーも例にもれず、ゼニス社も業績悪化から異業種のアメリカの会社に買収され、話題にあまり上ることもなくエル・プリメロも消えていったのです。
しかし1980年後半、スイス時計の各メーカーの機械時計にかけるめざましい復興により、ゼニス・名機エル・プリメロもシャルル・ヴェルモ氏の努力(破棄命令を受けた エル・プリメロCal3019の設計図面を大切に何年にも渡り保管、秘匿されたのです。 この設計図面がなければ、エル・プリメロの復元は不可能だったでしょう)により、見事に復活したのです。

ゼニス社は数少ないスイス時計のマニュファクチュウルの一貫生産メーカーでもあります。
と言うことは社が存続する限り半永久的にその製品に対して責任を持っていると言う事でしょう。

ゼニス・名機エル・プリメロは高精度のクロノグラフにもかかわらず、良心的なリーズナブルな価格でこれから日本でもますます沢山売れていくのに違いありません。
最近ではゼニスクラス・エリート手巻き・及び自動巻を8月より発売しだしました。
このムーブも見てみたい機械です。
30年前の機械式腕時計の頂点を極めたころのゼニス社は、オメガ、ロレックス、ロンジン、 インターナショナル、ジラールペルゴーと並び表されるスイスにおける確固たるトップの 一員の地位にあったに違いありません。
その業績は誰もが認めることでしょう。

●時計の小話 第39話(水晶時計について)●

水晶腕時計の歴史は30年程ですが、標準大型水晶時計は1930年にアメリカのマリソン によって初めて完成されました(そのころ集積回路ICが無く真空管で作ったので、とてつもない大きい物でした)。
日本では東工大の古賀教授が1933年に完成しております。
その古賀教授は、1952年に3000KHzという、とてつもない精度の大型水晶時計を開発して、1963年に文化勲章を授与されています。

1950年頃までは天文台の標準時計はリーフラ振り子時計(日差0,01秒)か ショート自由振り子時計(日差0,001秒)でしたが、水晶時計の出現により消え去る運命でした。
日本では地震多発地域のため振り子式はムリがあるため、早くから水晶時計が待ち望まれて いました。
その為に他国に遅れることなく水晶時計化に早く進展したのでしょう。

現在の天文台水晶時計は、日差10万秒の1といわれ300年に1秒しか狂いません。
腕時計の分野では最高峰のグランドセイコー水晶腕時計は年差10秒(日差にすると0,027秒)で、機械式のスイス最高級腕時計(ロレックス、インター等、日差5秒前後)の精度の200倍の正確さです。

腕時計に精度を要求するユーザーの方は、迷わず水晶腕時計(1000円位の低価格品でも 月差50秒位の正確さです)が一番イイでしょうが、人類が作り出した極小の精密機械に憧れを持ち、共鳴出来る人は、多少誤差がでても機械式腕時計の方が心に安らぎを与えてくれると思います。
心臓の鼓動のような、あのチィッチィッチィッと発する規則正しい脱進機の音に郷愁を覚えるのは皆さん誰もがお持ちでしょう。
水晶腕時計を製造する高度の技術力をもったメーカーは、世界ではダントツでセイコー舎が 一番でしょう。

●時計の小話 第40話(ブローバ音叉腕時計・アキュトロンについて)●

1960年代初頭にブローバ社が音叉腕時計・アキュトロンを発売した時は、世界中を震撼させるほどの革新的な出来事でした。
安定した日差2秒という高精度で1年間電池で動く腕時計に、業界の人々は目をみはったものでした(1秒間に360振動で機械式の70倍です)。
はるかに優秀級クロノメーターの精度を凌ぐものでした。
当時の価格はSSケースで88000円以上する、とても高価なものでした。
なかなか、そう簡単には購入できる腕時計ではありませんでした。
脱進機に相当するインデックス車(直径2mm)の円周上に300枚の歯が切られているという超々精密加工で、もはやキズミで見る段階ではなくミクロに近い世界でした。

素晴らしい技術の特許のため他のメーカーは音叉時計を作れず、8年間もの長きにわたり音叉時計はブローバ社の独壇場でした。
それから10年後の1971年に婦人用の音叉腕時計が発売されましたが、いかに小型化・軽量化・薄型化が難しいか読者の方には理解できると思います。
婦人用の音叉腕時計のインデックス車(直径1,7mm)には240の歯が切られていました。
歯の深さは0,01mmという途方もない代物でした。

ブローバ社と特許利用協定を結んだスイス・エボーシュ社はスイスに大工場を建て、エテルナ、ユニバーサル等が音叉腕時計を発売しました。
しかし音叉時計にのめり込んだ為、スイス時計メーカーが水晶腕時計の開発に立ち後れたものと私は推量しております。
そんな画期的なブローバ音叉腕時計・アキュトロンでさえ水晶腕時計の出現により市場から 消え去る運命だったのです。

現在のブローバ社は業界を賑わすこともなく、何となく寂しい気がいたします。
また40年前のように、人々をビックリさせる様な腕時計を開発し、発売して欲しいと熱望いたします。
それが出来る技術の蓄積がブローバ社にはあると私は確信しております。

余談ですが日本時計師会(CMW)前会長、飯田茂先生は、ブローバ社より先だって音叉の安定した振動に注目して高精度音叉腕時計の試作品を製作することに没頭され遂に完成されましたが、 あまりに腕時計として大きかった為に商品化には結ばなかったということがありました。
飯田茂先生の腕時計に対する熱意・先見性・創造性には、今あらためて驚嘆する次第です。
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