マイスター公認高級時計師(CMW)がいる高度な技術のお店
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国際時計通信『水晶腕時計の興亡』
時計の小話
続・時計の小話

『国際時計通信』
国際時計通信社発行 昭和47年8月15日 第13巻第8号
-水晶腕時計の興亡(3)-

−中身の薄い講習会−

メーカーが将来とも水晶時計のアフターサービスを一手に引き受けることは、不可能ではないまでも、消費者(ユーザー)にとってほんとうのサービスにはなれないことは言うまでもない。

とすると残る方法は小売店に一任することである。しかし、現時点では水晶腕時計の修理調整には多額の設備投資とエレクトロニクスについての知識を必要とするのに、小売店にはその準備はできていない。水晶腕時計が量産され、コストの低減と構造の単純化、部品交換の容易な構造に改善を図ることは当然であろうが、今のところは機械時計の歴史に比べれば、生れたばかりの幼児にすぎない。

水晶腕時計が一般消費者から支持されるためには、超高度な精度と同時にアフターサービスが容易に行なわれることが不可欠の条件である。コストを量産によって買い易い線に近づけることはできるとしても、アフターサービスがそれにともなわなければ、普及の速度は早まらないだろう。

水晶時計は将来の時計市場を占有するだろうといわれているにもかかわらず、アフターサービスに対するメーカーの姿勢には若干の疑問を感じる。なぜメーカーは、水晶時計の技術講習を行なわないのだろう。水晶時計を大量に販売する意向を持っていないのだろうか。それとも、どれほど量が増えようとも一切メーカーの手でアフターサービスを引き受ける自信があるのだろうか。また、修理技術者にまったく期待をかけていないとでもいうのだろうか。

昨年の末、セイコー・エレクトロニック・ウォッチ、ファイブスポーツ、スピードタイマーの技術講習会には父の代理として参加した。初参加の私には、父から以前聞かされていたように、メーカーの心憎いほどの至れり尽せりの接待に感心もしびっくりもした。コーラーやジュース、豪華な昼食弁当、テスターの当る抽選まであった。

しかし、肝心な講習内容は、わざわざ諏訪精工から優秀な技術者を2人も迎えていたにもかかわらず、中身の薄いものであったことは残念である。それはなにも講師の話術の問題ではない。聴講者1人1人にムーブメントが手渡されていないからである。

技術の講習に実物に触れずに文字や図でわからせようとする手軽さに受講者の意欲はもり上ることはないのではなかろうか?事実、受講者のなかには、欠伸(あくび)をしたり、いねむりをしている人もいた。終ったあと質疑応答には誰1人手をあげるものもなく、静寂そのものであった。

メーカーは小売店を大切に扱っていることはよくわかる。しかし、技術講習とは名ばかりの小売店のご機嫌取りの集まりにすぎなかった。遠くから参加した私の収穫は、たった2冊の技術解説書だけだった。

−技能検定に電子時計を加えよう−

昨年の9月にタイメックスの技術講習会に参加した。その方がセイコーの技術講習会より内容が充実していた。セイコーの講習会より人員も1/5という少数で、しかも狭い部屋で行なわれたせいかも知れないが、参加者1人1人にムーブメントが渡され、ブザンソンの工場を見学してきたという講師の懇親な説明の後、活発な質疑応答のなかに、参加者の意欲の高揚が表明されていた。

セイコーの技術講習会が意気消沈していたことと対照的なことであったが、その責任はメーカー側にばかり押しつけるのは酷なことだろう。受講者の側の準備不足、研究不足にも半分の罪はあると考えねばならない。すくなくとも今までの機械時計とはまったく違う作動原理による複雑なムーブメントの内容を、裏ブタをあけてみたこともない人さえ、参加者のなかにいたことは疑いない。

私もシチズンのコスモトロンの分解掃除は幾度か経験したが、セイコーのエレクトロニック・ウォッチの方はその機会がなかった。メーカー側はそうした事実を予測できている筈である。不必要な接待はやめて、多少の犠牲を払ってもムーブメントを手渡すくらいの熱意があってもよいと思う。

受講者側の研究不足をカバーする主催者側の配慮があってこそ講習会が生きてくるというものである。オームの法則やレンツの法則、フレミングの左手の法則など中学生向きの講義に終始し、主催者側の意図と、受講者側の期待とがまったく食い違っているようにみえる。

10年ほど前の講習会は両者の間に落差はあったが、しかし今ほど大きくはなかった。エレクトロニクス時代になってその差は埋めようもなく拡大されたようである。修理技術の国家試験は両者の格差を無くするために設けられている筈なのに、今日ではメーカー側も、小売店側も、双方であきらめかけているような気配を感じさせる。

メーカーが時計小売店の修理技術に見切りをつけているからあのような低水準の講習会しかやらないのだろう。受講者のレベルが上昇すればそれに合せた高水準の講義を準備せざるを得まい。
しかし現実にはこの格差は将来とも埋められないのではなかろうか。

時計修理技術の国家試験はこの格差を憂慮した人々によって生れたものであろうが、事実は期待に反しているものが現状である。時計修理にたずさわるものにとってこの現実を謙虚に認め、原点に帰って猛勉強を開始しなければならない時だと思う。

未来の時計、水晶時計の研究に取り組まねばならない。もしわれわれが本気に水晶時計と取り組む姿勢がメーカーにわかったとしたら、まさかあのようなお座なりの講習会は続けはしないだろう。

そうした気運を醸成するために、C・M・Wや1、2級の技能検定試験に電子腕時計を加えたらどうだろうか。さらにその次の段階で労働省かメーカーサイドで水晶時計の資格試験制度を設けることによって、誰もが水晶腕時計について関心を持つようになるのではないかということが想像される。

修理技術の水準を高めるためにも、又水晶時計の成長、普及のためにも、そしてなにより技術者の誇りと、社会的な地位の向上に役立つものとして、大方の自覚を望むのは1人私のみではあるまい。

−必要な相互理解−

水晶腕時計が、高価格、超高精度、少量生産を堅持するとすれば、日本の時計市場はどんな状態になるだろう。日本は現在GNP(国民総生産)は世界第3位、国民一人当りの所得も急速に上昇している。人口1億余の日本の時計市場は、きわめて有望な市場であるとみられている。

タイメックスが上陸してきた理由もここにある。

ブローバなど世界の協力メーカーが廉価な水晶腕時計の商品化に成功し、完全なアフターサービスを携えて日本に殴り込みをかけてきたらどうなるだろう。ピン・レバー・ウォッチの場合は自滅的な結果になって、国産メーカーにとっては幸いしたかも知れないが、低価格の水晶時計が上陸するようにでもなった場合、日本の市場は一種のパニック状態に陥りはしないだろうか。

しかもこの4月1日から、日本政府は円の再切上げを防ぐために、貿易収支のバランスを安定させようとして、輸入関税の引き下げを行なった。6,000円以上のものは20%を10%に、6,000円以下のものは15%を7.5%に夫々1/2に引き下げ輸入商社は次々と5%から10%近く輸入時計の販売価格を引き下げた。国産メーカーは輸入時計の価格の引き下げによって当然競争の激化を予測しているに違いない。

この競争を有利に導くためには、国産の水晶腕時計の普及を図ることにある。幸いなことに、昨年の暮、リコー時計が10万円を割る88,000円のリクォーツを売り出した。リコー時計のこれからの動向に注目したい。

国産メーカーの動きも、輸入時計との対決には、その技術に期待をかけているに違いない。機械式腕時計の美しさに魅せられたものにとって水晶時計はなにかしらとっつきにくいよそよそしい顔を持っている。エレクトロニクスという別世界の存在だからなのであろう。

私の願いは、機械式腕時計と水晶式腕時計が共存共栄できないものだろうかということである。
技術の進歩は否応もなく時計をエレクトロニクスの方向に引っ張ってゆくだろう。又日本の時計産業を防衛するためには世界の時計生産技術に一歩でも半歩でも先んずる必要がある。

しかし、高精度の機械時計にせよ、水晶腕時計にせよ、それを普及させるための陰の力に修理技術者のアフターサービスを受け持つ側の技術水準の向上と、その販売を受け持つ小売店の理解(時計に対する親しみ)がなければならない。

ピン・レバー・ウォッチの定着も小売業者の理解と修理技術の裏打ちを必要とする。水晶式腕時計、機械式腕時計、ピン・レバー・ウォッチの三者が共存共栄するか否かは小売業者、修理技術者がこの3者をどう理解し、どの程度親しみを持ち、どれだけアフターサービスの任務を果せるかにかかっていると言っては言い過ぎであろうか。

小売店の側からの発言とすれば、時計業界が健全な発展をするためには小売店の時計に対する理解と、完全なアフターサービスを果せる技術とを持つことが必要な条件であると言わざるを得ない。

そのために、水晶腕時計の講習会の在り方には多くの問題があるだろうし、又それをより効果あるものにするためには受講者側にも反省を要することである。メーカー側と小売業者の間に不信感やあきらめが横たわっているようでは双方にとって不幸なことである。

水晶式腕時計の消長も機械腕時計との共存もすべてはメーカーと小売店との間の相互理解の如何にかかっているように考えられる。
 (おわり)(1972年5月)
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